4.2話

 慣れない生活に失敗ばかりの日々。

 いつしか自身を恥じて、生まれ変わりたいと願うようになっていた。

 厳しくも優しい兄、セタの期待に応えることができない不甲斐なさ。

 頭で考え良い方に動かそうとするのだが、“人”として欠けるカナはどこかで間違いを犯してしまう。


 親族たちの嫉妬混じりの言葉が毒のようにカナに蓄積されていく。

 一族本家の養子というのは、空っぽではなくなり自我が芽生えていたカナには過酷な環境であったのだ。


 カナの優れた感覚は余計なものまで聞き取ってしまう。

 どこかで誰かが呟く、かすかな毒の声を。


「運に恵まれただけのガキが何を偉そうに」

「馬鹿の子らしく、他のことは何もできんようだな」

「あれが御子か。供物であろうに、兄妹ごっことはな」

「何が本家か。血も繋がらぬモノどもが笑わせてくれる」

「どれだけの利益になるのかねぇ。早い所、餌になってくれるといいが」

「ご先祖様の悲願が果たされるのじゃ。ついに我ら一族に栄光が降り注ぐのじゃ」

「悲願を」

「悲願を」

「悲願を」


 そうした言葉のひとつひとつが積もり積もって毒となる。

 それが、カナには意味の理解できない言葉であっても。

 悪意と欲望と狂気にまみれた言葉は呪詛となり、心を蝕んでいく。


 やがてカナは、館の者以外とは話すこともなくなり、ロロもまた、カナ以外には心を開かない子供になっていた。


「……カナ兄様、またその本を読んでいるのですか?」

「うん。船に乗って旅をして。色々な場所を見て。楽しそうだなーって」


「カナ兄様、そのときはロロも一緒に、ですよ。妹を愛でて安らぐのです」

「……うん。そうできたら、いいよね。……あ、セタ兄様のところへ行かなきゃ」


 生まれ変わりたい、と。

 兄の役に立ちたい、と。

 妹の支えになりたい、と。

 

 誰に言うでもなく、心の中で願い続けていた日々。




 そして、運命の日。

 先代伯爵が亡くなって、少し経ったある日のこと。


 セタに呼び出されたカナは、館の離れにある塔へと向かうことになった。


「――我が弟、カナよ。中興殿がお待ちだ」


 何かを言いたげな複雑な思いが詰まっていそうなセタの目を背にして、カナは言われた通りにその場所へと歩き出した。


 許可なくては誰であっても立ち入ることが許されない祖廟の塔。

 中興殿に――すなわち一族の当主に許されたものだけが入ることができる禁域。


 その地下へと降り立ったカナの目に飛び込んで来たのは――。


「――ようやくか。待ちわびたぞ、カナ。運命の御子よ。近う寄れ」


 カナ自身によく似た美しい顔立ちの少女。

 幻想的な金と銀と黒の髪色が目を引くが、カナが驚いたのはそこではなかった。


 鎖で繋がれた両腕は切り離され、そのうえで釘を打ち付けられ、あぐらをかくその下の床には封印の魔術陣。

 部屋の各所に描かれているのは、クラブ一族本家に受け継がれる清浄の術式だ。

 そこまで入念な状態にもかかわらず、塔の地下には濃厚な魔気が充満していた。


「――我こそは、はじまりの島より来たりし鬼の王。汝が一族の始祖。――名をば、クローゲン。――我が名はクローゲンである」

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