第5話 鍵を継ぐ者

 クローゲン。

 そう名乗りをあげた少女の姿をしたモノが、カナの顔をみて優し気に笑った。


「こふふ。……ほんに、そっくりじゃのう」


 少し変わった笑い声。

 何故、自分の名前を、とカナは思わずにはいられなかったが、重要なのはそこではない。

 カナは心を落ち着けてクローゲンとの会話を始めた。


「僕たちの始祖、……ご先祖様ということでしょうか?」


「うむ、そうじゃが、始祖だの中興殿だのというのは堅苦しくていかんな。儂のことはクローゲンと呼ぶがよい」


「それで、クローゲン。僕を呼んだ理由はなんでしょう」


「くふー! いきなり、呼び捨てとはな。よいぞ、よい。素直な子じゃ」


 言われた通りに呼んだのだが、いきなり笑い出したクローゲンの反応に、カナが少し焦った表情を見せる。

 セタやロロなどにたびたび常識を教えられてきたとはいえ、生まれ育ちの差でどうしても失言が多くなってしまうのだ。


「……えと。失礼、だったでしょうか?」


「かまわんぞ。儂とお主の仲ではないか。親し気なのも当然というものよ。そうじゃ、親しいのにそのままというのも味気ないの。どうせならクロと呼べ、ああ、その敬語もいかんな。もっと親し気に、気軽にのう」


 何が当然なのかもいつの間に親しい仲になったのかも不明だが、とりあえず怒らせていないことにほっと息をつく。


「わかりました、クロ」

「まーだちょいと堅いが、よいよい。これからゆるりとな」


 にこりと笑ってから、クローゲンがあぐらをかいたまま話を戻した。


「して、理由を問うたか。呼んだ理由をセタの奴めに聞いておらなんだか。あの無精者めが、仕方ないのう」


 そう言って、クローゲンの口角があがる。


「これより、継承の儀を執り行うのよ」

「継承……?」


「“血継配合の聖呪”。汝ら一族の始母セイオウの千年術式。計画的な配合により意図したとおりの子を産みだす、遠大にして非情なる神域の鬼道――。と、まあ詳しいことは追々知るがよいぞ」


 クローゲンはずらずらと語るのだが、カナには何が何だかわからない話であった。

 ひとまずは今それを知る必要はないらしい。


「ほんに、麗しき儂に瓜二つじゃのう。愚かしくもよく頑張ったのう、子孫たちよ。……こうして成果をみると、儂も感慨深いわい」


 思い出に浸るように、クローゲンは目を細める。


 と、少しの間をあけて、クローゲンの表情が真剣な物へと変化した。


「――儂を食べよ、カナ」

「――っ!?」


「実のところ、千年以上も前より儂は壊れかけておってな。我が身、我が心を蝕む呪いによっての。……もう制御がきかんのじゃ。こうして封印されておるのもそのためよ」

「……千年以上も」


「お主ら子孫がセイオウの式がままに、代々に血を重ね、そして成したのが呪いへの対抗策というわけじゃ。……そのために千年待つはさすがにくたびれたがの。クフフ」

「だから、食べろと……、そんなこと」

「優しき子よのう。儂なぞに躊躇ちゅうちょしてくれるか」


 頭をなでるような声色を発してクローゲンが目を細める。


「儂のボロボロの身体では時代遅れゆえ、新たな世代に託す。簡単な話じゃろ? のう?」


 クローゲンは曇りのない顔でにっこりと笑う。

 はじめて会った人のはずなのに、なぜだかカナの目から涙がこぼれた。

 なぜだか、とても親しい大切な人との別れのよう思えて――。

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