16.2話
少し歩みを進め、オーリエールがロロの横に立ち声をかける。
「医術の心得があるのかい、ロロ?」
「いえ。本で読んだ程度です」
大陸において医術の本というものは貴重なものである。
いかに貴族の出身といえど、普通ならば書庫に置いてあるようなものでもないのだが、アリエーナ伯爵家ならば不思議はないな、とオーリエールは考えた。
「ふむ。……癒しの術を扱うことは?」
「心得ております。神への祈りの力ではありませんし、あまり経験もないですけども」
一般的に治療は祈りによって行うものだと認識されている。
これは
ただ、才能ある聖職者にしか扱えず、教会で癒してもらうためにはそれ相応の献金をしなくてはならない。
なので、軽い怪我ならば民間の医師や薬師を頼ったり、自力で処置をしてしまうのだ。
そして戦場では、戦いの最中に教会に駆け込んでいる暇などあるわけがないので、自前の治療隊が必要になってくる。
「微力ながら、カナ姉様の助けになれるようにと学んでまいりました」
「そいつは結構。兄弟姉妹の仲が良いってのは微笑ましいねえ」
(無口だけど、良い子なのね)
(今までにいなかったタイプだ。かわいい……)
(命を懸けても恩を返さねば。……これはもう嫁なのでは?)
と、医療隊の同僚もロロに好意的な反応を口には出さずとも表情で示していた。
約一名患者も混ざっていたが。
「ロロ、アンタは人をバラしたことがあるかい? バラバラに、隅々まで。どういうつくりになっているのかを観察したことは?」
「人の解体は貴族のたしなみです。子女ならば学んで当然でしょう」
(子女はそんなこと学ばないわよ!?)
(まじかよ。貴族こわっ!)
そんな、ひそひそ声が耳に届いたのか、ロロがさらに言葉を付け足した。
「――調理と縫製ならメイドに習っておりました。よく肉を切ったり縫ったりしていたものです。楽しいですよ? 生きていると面倒なので死んでいたほうが楽なのですが、生きていれば反応があって味わいもありますね」
誰もが想像していなかったことを、涼しい顔で当たり前のように言い出す。
言葉だけ聞けば完全に異常者である。
多少の常識の違いにより、今度は周囲をドン引きさせてしまったが、ロロがそれに気づいた様子はない。
しかし、オーリエールはニヤリと笑ってその行為を肯定した。
「結構結構。――いいかいガキども。人を治すためには、人をバラす経験も大事だよ。どういうつくりで、どこが悪くなっているのか、どうすれば治せるのか……。人体の構造を叩き込むためにね」
ゼナー教において、人体の解剖は神の領域を侵すものとして数百年前から禁止されており、これを破れば異端扱いとなる。
オーリエールの発言は驚くべきものであったが、古参治療士のエレニーをはじめ、驚くものは少なかった。
普段からそう教えているからであり、戦争を仕事とする血なまぐさい傭兵にとってゼナー教の権威などどうでもいいものだからだ。
まさか戦争において、斬るなとも言えないのだから教会は沈黙するしかない。
「そのうち適当なクズをみつくろってやるからそのあたりの覚悟をしときな。……ああ、もちろんそういうのがだめなら他の道もあるから、心配しなくていいよ。病を治す者や、薬の調合をする者も貴重だからねえ」
ごくり、と緊張が走る。
傭兵とはいえまだ子供であるし、医療隊の者は実戦の経験が少ないのだ。
無理からぬことだろう。
中にはロロのように無表情の者や、喜々とした笑みを浮かべるツワモノもいたが。
「ガキどもは、ガキだからこそ伸びしろがたっぷりなのさ。繊細な技、術の加減、なんでも経験し学ぶといい。治療師の先達として、ワタシの技術を教えてやるさね」
深いしわをつくり、オーリエールが優しいつもりで微笑んだ。
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