16.3話

「グランマ! 斬られた箇所を癒したのですが血が止まりません!」


 治療隊の副隊長であるエレニーという少女が慌てて叫ぶ。

 話の最中にも後方で行っていた別の重傷者の処置である。

 彼女のように経験を積んだ治療士以外には難しい処置は許されておらず、彼女こそがいち早くロロの実力を見抜き、抜擢した者でもある。


「どれ、見せてみな」


「――【深層眼ボッジーニ】」


 オーリエールが行使したのは表面に隠されたモノの内部を見る魔術。

 導聖術シクス・グラマトと同じく、目に見えぬ不可思議な力を操るもの。

 言語と魔法の神エンリルより授かったという叡智の力。

 魔術トゥルーキィ


 これを操るのが魔術師だ。

 一部の才ある者にしか扱えず、そして大半は冒険者となっていく。


 軍人となる者が少ないのは、端的に言えば冒険者の方が報酬も待遇も良いからということになるだろう。

 軍隊において魔術師ばかりを優遇すれば他の者の不満や嫉妬を招き、かといって画一的に扱えば優れた才能がまったく報われない。


 一方、冒険者となれば己の力量次第でいくらでも稼げるし、大陸中に名を轟かせる英雄にもなれる。

 それも自身の好きなように生きられる自由を享受したうえでだ。

 探究の徒であり、個人主義傾向の強い魔術師たちが、どちらを選ぶかは言うまでもない。


 また、魔術師自体が希少な上に、それぞれ得意とする系統も異なるわけで、術式の干渉などの面倒な話も混ざってきてしまう。

 そして、才能がなければ魔術を扱うことは不可能であり、攻撃魔術など戦いに役立つ魔術を扱える才能はさらに限られているのだ。

 そうした事情もあって、国家の中で幾人かを雇うことはあっても、正規軍に所属する魔術師というのは極めて少ないのであった。


 そもそも、魔術師ギルドは国家に所属して戦争に魔術を用いることを禁じている。

 ギルドとは別の魔術師の育成機関をもち、ギルドに所属していない魔術の国ゴール・ドーンは特殊な例外だ。


 一方で、色々と融通のきく傭兵ならば、話は別である。

 もちろん数は多くないのだが、傭兵団によっては魔術師が所属していたり、なんなら魔術師自身が傭兵団を率いているケースもあるのだ。

 例えば、ここオーリエール傭兵団のように。


「……刺された箇所以外でも腹の中で内出血してるね。……おおかた打撃か何かの内傷だろうさ。こりゃあここを治さないとだめだね」


 ちゃぷり、とオーリエールが青色の液体に手を浸した。

 錬金術で作られた、消毒と薬効を兼ねた液体だ。


 一般的に、重症の治療は導聖術シクス・グラマトによって行うものだと認識されている。


「――【癒しの手プリギ・セラピア】」


 魔術トゥルーキィが唱えられ、オーリエールの右手が淡く光る。

 その手が重傷者の腹部に触れると、――手が腹部に潜り込む。

 患部を効率良く癒すために、直接その手で傷を塞ぎにかかったわけだ。

 癒しの魔術と治療薬の複合効果によって、見る見るうちに重傷者の顔が生気を取り戻していく。


 だが中には、魔術によって治療を行う者たちも、数は少ないが存在しているのだ。

 神に任せた安心安全な癒しの力と異なり、人知のみで人体の修復を試みる探究者たち。


 治療術師。

 難易度の高い精密な魔力操作と、人体への膨大な知識が必要となることから、魔術を操る仕事のなかでも狭き門とされる職業である。


「と、こんな風に治療術は奥が深い。姉のためにもなるだろし面白いぞ。そして何よりレアだ。希少だよ、魔術で治療しようなんて変わり者はね? 普通は神に祈って全部丸投げな導聖術シクス・グラマトで治療するからねえ。 ……どうだい、覚えてみるかい?」


「……ええ、学ばせていただきます。習い事の延長のようなものですし。……そろそろ寝たいところですが、レアとは良い響きですね」


 ロロが表情をわずかに動かし頷く。

 あまり感情を見せないロロだが、これでもレアなものが好きなお年頃なのであった。

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