第17話 物理的逆転の一手
「将軍、中央の敵兵を押し返しましたが、勢いがつきすぎたのか、結果として囲まれております!」
「将軍、左翼からの波状攻撃に剣士隊が壊滅いたしました!」
「将軍、右翼がたったひとりの敵に崩されております! 怯え切って戦いになりません!」
「将軍、ご指示を!」
各方面から次々と、伝令がジョルジュ将軍のもとへと駆け寄っていた。
なすすべのない劣勢に慌てふためく光景を浮かべて、ジョルジュ将軍は天を仰ぐ。
挟撃された時点で劣勢は覚悟していたのだが、ここまで早期の段階で追い詰められるとは考えもしていなかったのだ。
「どうもこうも、敵の動きが早いな。どの戦線も戦い方が異なるし、少数部隊の中に指揮官が何人もいるってことか? ……私一人で対応しきれんぞ。大体、ひとりに崩されて怯えてるって、……なんだそれは。もしや吟遊詩人の叙事詩でも聞かされているのか。 ……あー、後退して戦線を縮小し防御重視にせよ。隙を作るな」
「……はっ!」
ジョルジュ将軍の決断に、伝令たちが自身の隊へと急ぎ帰っていく。
消極的な防御策を出して、ひとまず状況を落ち着けること選んだのだが、これでは何も解決しないことも理解していた。
「こんなことならば、最初から出てればよかったかな?」
伝令らが走り去っていったあと、ジョルジュ将軍はひとり呟いた。
将軍としての役目を果たすべく、全体の指揮に回った判断が裏目にでたと後悔する。
そんな状況を察したのか、カライス伯爵も顔色を変えて詰め寄ってくる。
「おい、ジョルジュ将軍! 一方的にやられておるではないか!?」
「いやあ」
困ったように頭をかいて、ジョルジュ将軍は言葉を続けた。
「……敵ながら見事です。子供ばかりだと侮りすぎましたかね。……いえ、そもそもの練度が違いました。これが戦場経験の差ってやつでしょう。完全に私の責任です、申し開きもありません」
「……っ、感心や謝罪はいい。それよりも対策はないのか!」
「……難しいですなあ。最前線の兵たちこそ訓練を積んだ者たちですが、そこを崩されれば残るのは武器を持っただけの徴集兵、一般人の群れです。数が多くとも劣勢になればそこで終わりでしょうな。退路を残してあるのはそのためでしょう」
ほとんどの国や領地において、正規軍の数は意外に少ない。
それは様々な弊害があるからだが、一番の理由は予算の都合だろう。
金のかかる正規軍は少数にとどめ、必要な時に民を徴集したり、傭兵を雇うのがよくある戦争の形だ。
数を補うための徴集兵は訓練されていない一般人であり、士気が下がれば崩壊して逃亡する。
カライス伯爵領の場合、長年平和な領地であったということに加え、他国と隣接する陸地がなく傭兵と縁がなかった。
そこで、自前の正規軍を拡大する方針をとったのだが、拡大したとはいえ正規軍だけで構成するのも数が心もとない。
攻めるにあたって臨時に徴集兵を揃えたというわけである。
「それにあの傭兵団、要所にかなりの猛者を配置している様子。一見、子供だらけに見えますが、右も左も中央も、飛びぬけて強い者が混じっている。部隊同士の連動も素早く、闇雲に突撃しても絡めとられます。……かといって慎重を期してこのざまだったわけですが」
そういって、ジョルジュ将軍は敵軍――オーリエール傭兵団を横目に見る。
ひとりひとり練度の高い兵、その兵を掌握し見事な連動をみせる猛者たち、それら全てを束ね変幻自在に躍動させる指揮官――、どれをとっても自軍の及ぶところではないと突きつけられるようだった。
「ですので……」
少しだけ天を仰ぎみてから、ジョルジュ将軍が言葉を続けた。
「カライス伯。あとはお任せいたします。これより私は、――ひとりの戦士に戻らせていただきましょう」
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