17.1話
ジョルジュ将軍は馬上にて手を振り降ろし、自らの主に敬礼を見せた。
その顔には、清々しくも覚悟を決めた表情が浮かんでいる。
「これぞ逆転の一手。この無能なる将軍めの無様な最期をご覧いただき、……何も変わらなければ、なすすべはございません。死傷者が増えないうちに負けを認めるといいでしょうな」
「ジョルジュ将軍……、まさか」
「いやはや。本音を言いますと。……実は、楽しみでしてな」
貧しい騎士の家系に生まれ、数々の戦地を経て将軍へまで上り詰めた男。
それが、ジョルジュ・ビヨンドであった。
将軍と呼ばれるこの男の本質は、戦士としての武威にこそある。
ガルフリート王国において最強の騎士と称される彼は、この劣勢にあって歓喜の表情を浮かべた。
「――はは。何か言おうかと思いましたが、特に格好のいいお別れの言葉が出てきませんな。……では」
そう言い残して、ジョルジュ将軍は馬を歩かせた。
本当は急いで駆けたいところだが、自軍の兵たちにぶつけて行くわけにもいかない。
遠慮なしに兵を潰してでも行くべき時なのかもしれないが、将軍の良心がそれを良しとしなかった。
そうしてゆっくりと自軍の中を横切っていく将軍の後ろに、2頭の馬が並ぶ。
「お供いたします。ジョルジュ将軍」
そう申し出たのは、ジョルジュ将軍にとっても意外な者であった。
枢機卿からの紹介状をもち、この地へ派遣されたゼナー教団の聖騎士だ。
わずか2名であったが、聖騎士の強さはジョルジュ将軍も聞き及んでいる。
彼らは合流して以来、何をすることもなくカライス伯爵を守るようにそばに付き添っていたのだが、ここにきてどういうつもりだろう、とジョルジュ将軍はいぶかしむ。
「本来は戦いの時期を遅らせるよう説得に参ったのですが、まさか合流が戦いの直前となるとは。カライス伯は思った以上に素早いお方でした。……かといって、何もせずに帰っては申し訳が立ちません」
青年の聖騎士がジョルジュ将軍にそう言った。
もうひとりの、熟年の聖騎士の方は何も喋らない。
冷たい目で見つめるだけだ。
「なんだ、物好きな。死地に付き合うこともあるまいに。聖騎士ともあろう者が派遣元に戻らず死ぬのが役目かね」
「聖騎士といっても格差がございまして。私共など、教会の犬のようなものです。……それに、将軍を弔うのも我らの役目のうちでしょう?」
「ほーぅ、それも洒落ているな。私の墓碑には、役立たずここに眠る、とでも刻んでおいてくれ」
「そう致しましょう。私共が生きて帰れましたら」
彼らにも何らかの目的があるのだろうが、これより死地に向かうジョルジュ将軍にとってはどうでもいいことであった。
ゆっくりと、やがてひと気が減るにつれて、すみやかに。
――解き放たれた。
将軍となって以来、己を律し指揮官に徹してきた男が。
海の荒くれものが行き交うガルフリート王国最北端の港街カライスにおいて、武をもって治安を維持し続けた男が。
「――これより、敵将を討つ。いくぞ、名も知らぬ教会の犬よ」
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