前日譚2.2話

 身支度を終えて聖女として会場に入ったカナは、ひとりたたずんでいた。

 はじめてのパーティーに加えて、適当に王を引き立てろという無茶ぶりな命令だ。

 具体的な指示もなく好きにやれと言われても、何をすればいいのかわからない。


 とりあえず考えがまとまるまでは無難にやり過ごそうと、貴族たちの間を横切っていく。


「おや、あれは聖女様ではありませんか? いつもと違う格好で大変お美しいですな」

「聖女様もここにいらっしゃるとは。なにやら吟遊詩人たちも呼ばれていますし、いやはや宰相殿も宣伝に熱心なことで」

「ほう。あれが聖女、とやらか。存外若いのだな」

「なんだか地味な服装ね。わたくしたちよりも目立たないように配慮しているのかしら」

「ティアラ教の聖女ということはあの方がルーレ様?」


 好意的な者、否定的な者、反応は様々であったが、パーティーにやってきた聖女の姿をみて、貴族たちが噂をはじめる。


 カナの服装が控えめなのは確かだが、どちらかといえば貴族たちの服装が仰々しいといえるだろう。

 書物によれば、前王の時代に過度な仰々しさが規制されたとあるので、これでも大人しくなったようだ。


 その中からあいさつに来る貴族たちを失礼のないようにやり過ごしていると――。


「おおお。おおお。赤きまなざしが支配をするとき、大いなるフォアグラが遁走するであろう」

「あら、あの方は占星術師のノートル先生ですわね。ローリエ様の名代かしら」

「相変わらず面白いお方ね。何を言ってるのかわからないけれど」


 なにやら妙なことを口走る謎の有名人もやってきてカナへの注目が逸れた。

 その隙にと、カナはそそくさと会場の中へと潜り込んだ。

 あんなに囲まれていてはゆっくりと食事を楽しむ暇もない。

 目的があるとはいえ、まずは落ち着いて料理を楽しむべきなのだ。


 この国の宮廷料理はユヴァン・ティレルという百年前の料理人が考案したもので、それを華麗に発展させたのが前王の王妃ローリエだという。

 料理をのせる皿は王室御用達のルアン窯の逸品で、青く繊細な美しい色どりを添えている。

 そんなアイリンから聞いた話を思い出しながら、鶏肉のチーズ詰めを口に運んだ。


『うーん。他人を引き立たせるにはどうすればいいんだろうね、クロ?』


 カナは兄からの指令をどうこなすかを、頭の中の“同居人”に相談することにした。

 散々悩んでも結論がでなかったので、兄に迷惑をかけないためには経験豊富なクロの知恵を貸してもらうしかない。


『まだ悩んでおるのか? 仕方ないのう』


 やれやれ、とクロは呆れ顔で首を振った。

 どこか優しさを感じるのは口元が微笑んでいるからだろう。


『ただ褒めるだけではダメなのだから、答えは簡単じゃな。過剰なまでに思いっきり褒めちぎるか、他者を貶めて王を持ち上げれば相対的に王は引き立つであろう。あるいは自身が悪役になって王がそれを成敗するという手もあるが……、これは加減が難しい。要は目立たせる、活躍させれば良いわけよの』

『ふむふむ、どれも物語の悪役みたいなのだね』


 わかりやすい方向性を提示され、カナが頷く。


『くふふ。究極の裏技もなくはないがな。――それは、王が死ぬことじゃ。死すれば大概のやつは褒められる。善であれば言わずもがな。どうしようもない悪であっても、死んでくれてよかった、という風に喜ばれるのじゃ』

『なるほど、確かに』

『……言っておいてなんじゃが、この裏技は半分冗談じゃからな?』

『冗談なんだ』


 話がまとまったところで再び料理を口にする。

 これがうまくいくかどうかは不明だが、やってみないことにははじまらない。


 一息ついたところで会場の話し声が大きくなった。

 周囲の反応からして、どうやら国王ルイシャルル8世の登場らしい。

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