前日譚2.1話

「王都へと到着いたしました、当主様。もう少しですな」


 うとうとと目を開け、カナは外の景色を眺め出す。

 王都の街には夜の明かりが灯されて美しい夜景が広がっている。


 ここに来るまで9日かかっており、予定よりも遅い旅程となってしまった。

 これは途中から馬の調子が悪くなったことで休憩が増えてしまったからだ。

 今宵は王都にある別邸で過ごし、翌日にパーティに向かうことになった。


「ご苦労。予定では2日前に着くはずであったが、馬の機嫌ばかりはどうにもならんか。今日は食事を済ませ、早々に休むとしよう」


 セタはそう言って、別邸の中へと入っていく。

 カナとロロ、使用人らもそれに続いた。



 翌日、時間となったことで一行は馬車に乗り込みパーティー会場へと到着した。

 会場となる宰相の別邸はとても広く、歴史的な風情を感じさせる建物だ。


「うん、ふたりとも素敵です」


 パーティー用の品位ある衣装へと着替えた兄妹たちの恰好をみて、カナがにこりと微笑む。

 兄のセタは凛々しく精悍であり、黒髪にディープグリーンのジュストコールが良く映える。

 妹のロロはとても儚く可憐で、ミッドナイトブルーのドレスが美しい金髪を際立たせていた。

 特殊な生地を用いた衣装は、仰々しいガルフリート王国の流行とは異なり一見質素に見えるが、見る者が見ればそのきめ細やかな艶のある生地に驚くだろう。


「俺は先にあいさつに向かうとしよう。ロロはジェロと共に来るがいい。カナは支度を終えたあとは別行動だ。わかっているな」


 支度と言っても、移動中に多少ずれた部分や装飾品などの調整だけだ。

 カナもすでに別邸で大部分は終えており、まもなく支度は完了する。


「はい、セタ兄様」

「カナ姉様、動かないでくださいね」


 そう言いながら、ロロはテキパキとカナの支度を整えていき、メイドは必要なものをロロに手渡していく。

 聖女なる職業として参加するカナとて、大貴族のパーティーともなれば使い古しの旅装束で参加するわけにもいかない。

 ロロのすすめにより、聖職者らしさがあり、それでいて大人しめの装飾が施された白の衣装を纏っている。

 カナはこうしたことに詳しくないので、いつも衣装をロロに任せ、お人形さんとなっているのであった。


「それでは、行ってらっしゃいませ」


 執事のジェロが馬車のドアを開けて、うやうやしく片手を動かしお辞儀をする。

 ひとり馬車から降りたセタの背中に、カナはいつものように声をかけた。


「セタ兄様、お気をつけて」

「……念を押しておくが、表向きには兄妹だということは隠してある。間違っても会場では兄と呼ぶなよ。クニス、妹たちの身支度を頼んだぞ」


 普段から兄様と言ってしまうカナに注意しつつ、セタはメイドに視線を向けて指示を出した。


「はっ。我が命に代えてでも」


 身支度を頼まれたメイドのクニスがきりっとした声でセタに覚悟を告げる。

 セタは何とも言えない呆れた表情で頭を抱えた。


「……身支度ごときで命に代えるな。ではな」


 面倒になったのか、セタはその場を離れて大きな会場の中に消えていった。

 そのあとで、先程まで無言であったロロがひょこりとカナの横から顔を出す。


「ロロは間違えて姉様と呼んでしまいますので静かにしておきます。はじめての王都の食事を楽しむのみです」

「あはは、ロロも気をつけてね」

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