前日譚2話 お貴族さまはパーティーが大好き

 ガルフリート王国の王都イルド・ガルに向かって馬車が走る。


 宰相であるギール公ピエールのパーティーの参加者は、アリエーナ伯セタ、その妹ロロ、そして聖女カナ。

 そのほかに執事とメイドが1名ずつ同行しているのだが、これは貴族としてはかなり少ないほうであろう。


 馬車に揺られて風景を眺めていたカナは、視線を兄妹らに戻した。

 

 任務のようなものとはいえ、珍しく兄妹揃っての外出なことがカナには嬉しかったのだが、……それとは別に緊張していたことも確かであった。

 なにしろ、貴族の社交場になど参加したことがないのだから。


『パ、パーティーなんてはじめてなんですけど。クロ、どうしたらいいのかなっ?』


 と、カナは頭の中で聞いてみたが……。


『そんなもの知らんわい』


 と、冷たい言葉が頭の中の“同居者”から返ってくる。

 実際に知らないのだから答えようもなかったのだろうが……。

 “同居人”の名はクローゲン、普段は親しみを込めてクロと呼んでいる。

 カナがクラブ一族の継承者となって以来、ときおり頭の中で会話をする相棒のような存在であり、もちろんカナにしかその声は聞こえない。


 そうしてカナが慌てている様子を、セタが苦笑しながら見守っていた。


「どうした、何を緊張している。お前は程よく王を引き立てればいいだけだ。いかにあの愚物を引き立たせるつもりなのかは俺も興味があるがな。楽しみにしているぞ」


 そう言って、セタはニヤリと意地悪な顔で口元を歪める。


「僕のことはいいのですが、セタ兄様にご迷惑がかからないようにしなくてはと……」

「良い心がけだ。では、道中までの暇つぶしに我らを取り巻く事情というやつを教えてやろう」


 そう言って、セタが優雅な笑みをみせる。

 リルデからイルド・ガルまでは馬車にしておおよそ7日ほど、そこに宿泊1泊を含む計8日の旅程であった。

 もちろん道中で車輪が外れたり馬の調子が悪かったりすれば日数は増すだろう。


 途中、大きな街を経由して行くので物資の補給などは問題ないが、遠方なので到着日にどうしても誤差が出る可能性がある。

 なのでパーティーの数日前に到着するぐらいのスケジュールが理想的なのだが……、今回は突然呼ばれたので早ければ2日前に王都に入れる、というギリギリに近い予定となっている。


「現在の王が半年ほど前に即位したことは知っているな?」

「はい。王都イルド・ガルには何度か訪問しておりますし、親衛隊長のアラン殿からも話を聞いておりました」


「男系長子継承制といってな。王が亡くなったあと、次の王にはその長男が選ばれるのが常だ。ところが、今の王ルイシャルル8世は、前王オフラン2世の弟だ」

「あれ? 長男でなくていいのですか?」


「そう、通常ならば、王妃ローリエとの間に生まれた王子が継ぐはずであったのだが……。死の間際に、王自身が後継者に選んだのは弟の方であったのだ」

「そうなのですか。何故、前の王様は弟を選んだのですか?」


「オフラン2世は自身の子がまだ若く、王に相応しいかわからないから、と表向きは主張していた。王妃よりも妾の方に愛を注いでいた王であったから、そちらが影響してのことかもしれん。だが、真実はわからん。重要なのは、決定権を持つ王によって王弟が選ばれたということだ」


 セタの言葉の合間に、カナの肩にロロの頭が軽く触れた。

 ふと、ロロの方に視線を向けると、気持ちよさそうに昼寝をしている。

 微笑ましい目を向けてから、セタの方へと視線を戻した。


「だが、いかに王の決定とはいえ当然、揉めた。次代の王が誰になるのかで、貴族どもの利権も変わってくるからな。そこを王弟の側についたピエール宰相が王妃を説得して大義名分を得たことで、貴族たちに納得させていったのだ。強引な手段を用いてでもな。かくして前王は亡くなり、今の豚が王になったというわけよ」


 カナの左隣にはロロが、セタの左隣にはメイドのクニスが静かに控えている。

 馬車の御者をしているのは執事のジェロだ。

 やや馬車の速度が上がったようだが、セタは気にせずに語り続けた。


「そのような経緯があったせいで、王の求心力は弱く、国はまとまっていない。そも、あの豚に権威や諸侯の支持があろうはずもない。そこで宗教が絡んでくる。強引に、あの豚に王冠をかぶせたおかげで権力基盤はぐらついているのだが、足りない権威を補うために宰相はゼナー教の威光を利用しようと考えたようだ」


「ジオール教の主神、『秩序と裁きの神ゼナー』ですか。ゼナー教は通称で、ジオール教ゼナー派というのが正式な名称でしたっけ。ジオール教は神ごとに宗派があって、それぞれの宗派ごとに教団を作っているのだと教わっております」

「聖女として最低限の勉強はできているようだな」


 聖女と呼ばれてはいるが、カナ自身は宗教にさほど興味を抱いていない。

 そもそも、聖女という呼称も2年前に祈祷の役目を、セタより引き継いでからの呼ばれ方であった。

 カナの場合はセタの命によって聖女という役職に任命されたようなものと言えるだろう。

 そういう風に貴族相手に売り出した、職業的な聖女なのだ。

 セタの命令もあって兄妹だということは隠しており、聖女という通称だけが広まっている。


「大陸でもっとも勢力の大きい『秩序と裁き神ゼナー』の宗派は、王の権力を強化するのに適している。秩序の神に認められた王なのだから秩序のために王の言葉に従え、とでも言うつもりなのだろう」

「王権神授、というわけですか」


「一方で、我がアリエーナ伯爵家をはじめ、いくつかの領地では同じジオール教でも『慈愛の女神ティアラ』の宗派に属しているのだ。強行にゼナー教を押し付けてくる宰相の方針に反発する領主も少なくない。だからこそ、宰相としてはそのティアラ教側の領主でもっとも有力な、アリエーナ伯爵家を黙らせておきたいのだろう」


「よくわかりました。つまり僕たちが邪魔なのですね」

「そういうことだ。要するに、元々目をつけられているのだから、どうなろうと俺に迷惑はかからん。――好きにやれ」


 セタはそう言ってから手を軽く振り、話を打ち切った。

 静かに目をつむったので睡眠に入るのだろう。

 メイドのクニスが小さく頷き、カナも休むことにした。

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