前日譚2.3話

 王都での祈祷でも、カナは直接王と対面したことはない。

 どんな人物なのだろうと、ちらりと覗いてみると――。

 

 視線の先では、はち切れそうなお腹をした肉の塊が貴族たちから賛辞を浴びていた。


『なんじゃあの豚? 最近はあんな豚でも王になれるんじゃのう』

『うん。……豚だよね』


 頭の中でクロの忌憚ない感想がもらされる。

 王のことを豚だと言っていた兄の正しさが証明されたというわけだ。

 ――と、そこで王の視線がカナの顔を捕らえ、近づいてきたではないか。


(え? なんでこっちに?)


 少し困惑するカナであったが、そもそも宰相からの指示なのだし、王と直接打ち合わせをすることは十分に考えられる。

 そう考え、様子を伺っていると……。


「ブヘヘ。余の好みの女じゃないか。神聖なる余の聖剣で情けをくれてやろうか? ん?」

「え、あ、あの?」


「おおうおおう、キレイな顔じゃのう。身体のサイズも程よく小さくてそそるのぉぉ。よし、余の妾になれ」

(ふぇ!?……ちょっと、想定外すぎますよ!?)


 予想もしていなかった王の行動に、カナは混乱してしまった。

 あまりの下衆な言い草に、もしや何かの暗号であろうか、とまで深読みしてしまう。


「……いえ、お断りします。それよりも先にやるべきことがあるのではないでしょうか」


 なんとか目的を果たそうと、カナが切り出すが……。


「なにぃ~? 余に逆らうか、売女! 豚が! この! この、豚が!」


 と、王がカナに激昂して、殴りつけてきた。

 予想できたほうがおかしいというぐらいの驚きの行動である。

 怒りの言葉とともに、短い脚で蹴りつけてくるのだが、短く大して力も勢いもないのでまったく痛みはない。

 しかし、王がいきなり女性に理不尽な暴行を加えたことは、周囲の者たちから驚きと嫌悪感を沸き立たせたのだろう。

 ざわざわと、出席客が集まり出し、王に対してドン引きの視線を送っている。


(えええ! 王様が悪役になっちゃいましたよ!?)


 悪を演じて王を引き立てるつもりであったが、ここからどうすればいいか、カナは考えが浮かばなかった。

 想像を絶する王の所業は、むしろカナの方を同情によって引き立たせてしまっているのだ。


 どう反応すればいいかわからず、固まっていたカナを助けたのは王の後ろにいた司祭服の男性だ。


「へ、陛下。主催のギール公がお待ちでありますので……」

「……はぁ、はぁ。……今行くわい!」


 王はそう怒鳴りつけてから、のしのしと横に広い体を揺らしてカナの前から去っていった。

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