前日譚2.4話

『ふぅ……。た、助かったよ』

『……あんな豚、褒めちぎるの無理じゃろ。……褒める要素が見当たらんのじゃが』


 大変もっともな意見であった。


『少し観察してみよう。良いとこ探しだよ!』


 だからといって諦めるわけにもいかないので、カナはなんとかしようと王の方を振り返ると――。


「セ・シ・ボン! 古き魔の王が新たにおきるとき、盟約が果たされるだろう。魔の恐怖が滅びをもたらし、聖なる者は竜を鎮めて彼方へと去るだろう!」


 向いた正面には、奇怪な髭面の男がものすごい絶叫顔で、カナを正面から凝視しているではないか。

 先ほどの謎の有名人の占星術師だ。

 誰に叫んでいるのかわからずに、カナはキョロキョロと周囲を向いてみるが、占星術師は微動だにしない。


「……? ……あの、何の話です?」

「よし、中々の出来。詩として書き記すが上々。おおお。おおお!」


 わけもわからずカナが恐る恐る声をかけてみたが、まったく答えもわけがわからない。

 そのまま占星術師は奇声をあげてどこかへ去っていった。


『……何、あの人?』

『……詩を書くのだから、詩人じゃないのかのう? 面妖な輩ばかりおるんじゃな、ぱーちーとやらは』


 クロともども呆気にとられている間に、また別の人物がカナの横から語り掛けてきた。


「おや、聖女様。ノートル先生をご存じではありませんかな?」

「これはモントピラール伯、ごあいさつが遅れました。……ええ、はじめてお会い致しますね」


 そこに立っていたのはモントピラール伯爵。

 以前に聖女として仕事を行った地の領主で、好々爺然とした顔立ちをしている気さくな人だ。

 モントピラール領内は歴史的に多種族が集まる地で、ティアラ教の信者も多く、派閥でいえばセタの側ということになるだろう。

 カナが訪問した中でも、実の孫ともども手厚くもてなしてくれた快い領主のひとりである。


「カテドラル・ド・ノートル。占星術師、詩人、料理研究家としての顔を併せ持つ多芸な才人ですな。意思疎通は難しいですが、あの独特の喋りが癖になると評判でして、パトロンの貴族層はおろか地元でも面白がられ、奇人として親しまれているそうです」


『意思疎通が難しいって……、さらっと料理研究家とか生活感あるのも入ってるし』

『珍獣みたいな扱いじゃな』


 そのノートルを見れば、なぜか天井をむいたまま、視界にも入れていないのに通りすがりに料理を素早く口に入れている。

 珍獣という表現も納得であった。

 地味に凄いというか、無駄に多芸である。

 

 このまま、モントピラール伯爵の話し相手をしないと失礼にあたりそうだが、カナには重要な任務がある。


『えーと、とりあえず王の様子を観察するんだったね』

『うむ。獲物を観察するは狩りの常道よ』


 視線を外して王のいるあたりを覗いたところ、王の後ろを共に歩く者たちがいることに気付いた。

 行く先々で王に賛同し褒め称えている様子が伺える。


「あれは……、先ほどの司祭と、えと、誰でしょう?」

「ん? ああ、王の取り巻き連中のことですか。王権神授を唱えた王の知恵袋ボダン司祭、近衛騎兵隊の総司令官キウリ男爵。そのさらに後ろから小馬鹿にしたように見下した目をしているのがルグドゥ公爵。公爵はともかく、他のふたりは王に媚びへつらう成り上がりものですな」


 モントピラール伯爵の口ぶりから察するにどうやら王の取り巻きは良く思われていないらしい。


『あの人たちをうまく利用するのはどうかな』

『うむ、面白い。やってみるがよかろう』


 クロの同意もあり、カナの行動は決定した。

 その姿は、何も知らない他者からみれば、うんうんと、ひとり頷いているようにも見える。


「では聖女様、また城に遊びに来て下され。盛大なおもてなしをご用意致しますぞ」

「ええ、機会があれば。楽しみにしておきます」


 そうしたカナの様子をみて、何か別用があると察したのか、モントピラール伯爵は早々に去っていった。

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