前日譚3話 豚の木登り

『王をいきなり褒めるのではなく、まず王の取り巻きから対処する。これで大丈夫だよね?』

『人を射るなら先ず馬を仕留めるが上策よの。うむ、方法論としては間違っておらんぞ』


 これがカナの考え出した、王を引き立たせるための作戦であった。

 クロの意見を参考にして、まずは第一プランを実行しようというわけだ。


「ブヘヘッ。どぉれどれ、今宵は何匹の女にするかのう」


 下種な発言とともに、王は舌なめずりをする。

 欲望丸出しの醜い絵面だが、その背後にいるボダン司祭は淡々と王を称賛しだした。


「陛下は神に選ばれた偉大な王であります」

「ブフゥ。わかっておるではないか、ボダン。そうじゃあ、余こそが真の王よ!」

「はい。およそ類するところのない絶対の王。それゆえ王の決断はすべてが正しいのです」


 王権神授による絶対王政、そこから生まれる世俗的な秩序の重視がボダン司祭の持論だ。

 王とは秩序の神の代行者であり、王の行動すべてが秩序である――。

 そう言い聞かせたことで、ボダン司祭は現王ルイシャルル8世から重用されるに至った。


「ブフフフフフ。お主もそのうち司祭から格上げしてやらねばのう。黄金司祭、いや淫欲司祭などが良いか?」

「は、……はっ?」


 王の口から飛び出た意味不明の称号に、さしものボダン司祭も唖然としてしまう。

 禁欲を旨とする聖職者にとってほとんど侮辱に近い呼び方だが、これでも王は褒章のつもりなのだ。

 ちなみに、当たり前の話だがゼナー教の位階を決める権限など王にはない。


 その様子を後ろから眺めていたルグドゥ公爵がこらえきれず笑い出した。


「くっ、はは! さすがは陛下、私などには到底思いつかぬお考え。ボダン司祭もさぞや感嘆の極みでしょうな」


 ボダン司祭のほうは、余計なことを、とルグドゥ公爵を軽く睨む。


「はは、……お戯れを。私などはただ陛下にお仕えするだけで満足です。そのようなものはおそれ多いことかと」

「欲がないのう、ボダン! ブッフフフ!」


 そんなむごい称号にされてたまるかと、ボダン司祭は頭を下げて辞退した。

 王も話を流したことで話が終わるかと思いきや、考えもしなかった声が周囲から放たれる。


「お見事です、ボダン司祭! 華麗に賢くかわしました。天上の神も褒め称える知性と謙虚さですね!」


 どこからともなく聞こえた、女性の美しい声。

 いきなり思いもよらぬ強引な褒め方をされ、ボダンも戸惑う。


「……え?」

「なに……ぃ? ……この、余を差しおいてぇぇ?」


 すると、いきなり癇癪をおこした王が、ボダンを睨みつける。


「いえ、あの……ぐっ!?」


 何か言おうとしたボダンだが、その前に怒りにまかせた王の拳がボダンの顔面をとらえた。

 大した威力もないのだが、突然の凶行にボダンも驚く。

 やや間をあけて、ボダンは王を立てるためにあえて痛がるふりをして、ひたすらに繰り返して頭を下げる。


「ブふぁ……、ブふぁ……。儂は、……いや、余こそが、神に選ばれし王! すなわち、すべての権威と女は余のものであるぞ! 貴様が褒められるとは何事か!」

「も、申し訳ありません!」


 常人には理解不能な理由で滅茶苦茶なことを言い出す王を、周囲はざわつきながら白い目でみつめている。

 ルグドゥ公爵からこらえきれない笑い声が噴き漏れているが、興奮している王がそれに気付く様子はない。

 聴衆の何人かも笑っているが、声量や位置に王の興奮状態からみてバレることもなさそうだ。


『……えーと。何故、王がいきなり殴りだしたの? ……僕はただ部下を褒めただけなのに』

『……豚の発想は色々とわからんのう。嫉妬なんじゃろうが、恐ろしく短気な奴じゃな』


 離れた位置から、ボダンを褒めちぎったのはカナであった。

 しかしその結果の、想像を絶する王の行動に理解が追い付かない。

 取り巻きを褒めたら王の評判が落ちるというまさかの事態である。


『さりとて、すべての決断が正しい絶対の王などと持ち上げていたのだから、何をされても自業自得というものか』


 クロがそう言って、顛末をまとめた。

 無駄に王をつけあがらせた罰であるというわけだ。


『しかしな。まず、褒める方向が間違っておる。取り巻きを褒めつつ、それを重用している王を褒めるが良いぞ』

『ふむふむ。クロの言う通りにしてみるね』


 今度こそ、兄からの任務を成功させなくてはならない。

 カナは反省を踏まえ、次の行動に移った。

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