前日譚3.1話

「へ、陛下。ひとまず落ち着かれて食事などいかがでしょう? 今宵は宰相閣下の料理人が腕をふるっているそうで、どれも美味しそうですよ」


「……それもそうだな。よし、小腹を満たすとするか」


 王はいきなり皿に山盛りに料理をかき集め、凄い速度で豪快に食べていく。


「味が薄いのぉ~! 美食家の余の舌にはいまいち合わん。 だいたい、フォアグラはないのかフォアグラは!」


『フォアグラみたいな身体してフォアグラを要求している……』

『フォアグラはお前だよって誰か言わんかのうー。いや、やはり豚でしかないか』


 その様子を離れたところから観察しながら、カナとクロは頭の中でつっこんだ。

 しかし、ここでキウリ男爵が忠言したことによって、状況は変わりだした。


「あ、あの、陛下。毒見をさせたほうが……」

「ぶーふぅ……、あぁん? キウリよ、何か申したか?」


 キウリ男爵の意見が気に食わなかったのか王は機嫌を損ねたように声を凄ませる。

 しかし、臣下として言わないわけにもいかず、キウリ男爵は恐る恐るその続きを口にした。


「宰相閣下のパーティーですから、ありえないとは思いますが、その……」

「毒見は好かん! 冷めてしまうだろうがぇ! だいたい、余の食べ物に口をつけるとは何事かぁ!」

「は、ははぁ! いやしかし、通例でありますが……」


 頭を下げながらも、なんとかわかってもらおうとするキウリ男爵。

 冷めるもなにも、それなりの時間が経過したこれらの料理はすでにある程度冷めているのだが、王の中では毒見=マズくて汚らわしい、という発想になっており、その単語だけで拒絶反応を起こしたのだ。

 王侯貴族としてはこれまた乱暴な発言だが、即効性のある毒ばかりというわけでもないので毒見役による対策も完全とはいえないのが実情である。


 それに、導聖術シクス・グラマトによる解毒の奇跡であれば大抵の毒には対処できるし、今回の王の場合、ボダン司祭が同行しているのはそうした意味も含まれるだろう。

 そう考えれば、この度の暴挙のような王の行動は粗雑ではあるがありえなくもない。

 ちなみにアリエーナ伯爵邸においても毒見などは一切行っていないのだが、そのあたりは家々の文化や風習によって異なってくるだろう。


 もちろん毒であれば解毒するまでは苦しいし、身体を傷めることも間違いないのだから、いくら対処できるからといって死なければ問題ないというのも暴論ではある。

 キウリ男爵の懸念も間違っているというわけではない。

 よって――。


「お見事です、キウリ男爵! 王のために毒見役をかって出るとは忠臣の鏡です!」


 再びどこからか発せられる謎の女性の声。

 毒見役を志願したことにして、今度はキウリ男爵を褒めちぎる。


「は? わ、私が毒見をするわけでは……?」


 当然ながら男爵は戸惑うが、先ほどの反省を生かし、間髪入れずに称賛の対象を王へと変える。


「その忠誠にむくいて臣下を守り、毒をまったく恐れずに豪快に食べる王は勇者であると言えましょう!」


 とりあえず両方褒めてみました、という感じでカナが息をついた。

 やや無理矢理感はあるが、まずは機嫌を良くしてもらうのが重要だ。

 王が行く先々で暴虐の限りを尽くしていては、評判は下がる一方なのだから。


「キウリ、貴様ぁ、余の食べ物を狙っていたか……?」

「いえ、私は食べたく……げほぉ!」


 しかし、カナの努力もむなしく、王はまたしてもいきなりの暴行に出て、キウリ男爵を蹴りつけた。


「おまけに余がお前を守ったなどと誤解されておるだろうが! 余が男色家だと申すのか! あげく勇者だと言われたぞ? 余は神に選ばれた王だというのに、貴様のせいで勇者などという凡俗の下郎と一緒にされてしまったわ! 神に選ばれた絶対の王が、毒など盛られるかぁ!! よく考えろ、ナスみたいなつらしよって!!」


「そ、それは私が言ったわけでは……ああ、おやめください!」


 さらにはトンデモ論を飛躍的に展開させ、王が発狂したかの如くに暴れ出す。

 良く考えていないのは明らかに王の方なのだが、“そう”だと信じ切っている者には何を言っても無駄なのだ。

 そして、後ろからみているルグドゥ公爵は笑うあまり腹を抱えて苦しんでいた。


『ええ……、なんでそこでキレだすの? ねぇ、何を褒めたらいいの、この豚……?』

『……どこで怒り出すかまったく読めんな。逆に、コレを取り巻いてる奴らを賞賛したくなるわい』


 途方に暮れてその様子をみつめるカナ。

 どうしたものかと考えているうちに、周囲からのひそひそ声が耳に入る。

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