前日譚3.2話

「聖女様は先ほどから何を……? 豚、……いや陛下と取り巻き連中をおちょくっておられるのだろうか?」

「いえ、聖女様はきっと陛下のことを遠回しに褒め称えて良い気分にさせてあげようとなさったのでしょうね。そんな苦労も知らずに、陛下ときたら……」


 気が付けば、どういうわけか聖女が引き立てられる結果となっていた。

 なぜなのか。


『まずいのう、周囲が騒ぎ出したぞ。ひとまず移動して場を落ち着かせるのじゃ』

『そ、そうだね』


 カナはそそくさとその場を去り、人の少ない別の位置へと移動する。


『周囲を褒め称えてもあの豚の器が小さすぎて無理じゃな。かといって直接カナが褒めたら、出会ったときのように口説いてくるじゃろう、確実に』

『そうなると拒絶するしかないから結局、本人を褒めるのも無理だよね』

『……最終手段の出番かもしれんぞ、カナよ』

『うん、悪役になって王に撃退される方向だね。よし、悪い子作戦、開始ー!』


 軽快な調子で、最終手段が発令された。


 具体的にどうしようかと試案していると、丁度、ポツンと年若い少女がたたずんでいるではないか。

 これは恰好の獲物だ。

 ここで悪い子ぶって衆目をあつめ、騒ぎを聞きつけた王と対峙すれば、褒める必要もなく王が活躍するだろう。

 という、急遽組み立てたなんとも雑な作戦が開始された。


「そこのあなた! か、かわいいですね! あ、違った。そうじゃなくて、うーん。……男みたいですよ、とか。かわいこぶってるんじゃないですよ、とか。……こんな感じでしょうか。あ、ごめんなさい、あなたは何も悪くないんです。……じゃなかった、えーと。……月のない夜には気をつけなさい!」


 カナは頑張って悪い子になろうとしたのだが、育ちが偏っているせいか、生来の良心のせいか、完全にしどろもどろである。

 突然現れ、苦心しながら妙なことをいいだすカナに、少女は驚いたのか一瞬止まっていたが、すぐにくすりと笑顔をみせる。


「――ふふふ。面白い人。――いえ、良い人なんですね」

『え? 悪い子のつもりだったのに……』


 なんとか頑張った悪い子の演技なのに良い人扱いされ、カナはショックをうけた。


『いやただの不審人物じゃったが。さっきの占い奇人と似たようなものじゃぞ』

『そんなぁ……』


 クロによって面白奇人ノートル先生と同じ扱いにされ、さらなるショックがカナを襲う。


「だって、嘘が苦手なのでしょう? こんなにも心が綺麗な人ははじめてです」

「はい、苦手です……。あ、いや、心はもうドス黒、まっ黒、クロっ黒ですよ」


『クロの心は真っ白なんじゃが?』


 頭の中からクレームが飛んできたが、そこは無視することにした。

 カナは頑張って悪い子だと主張したのだが、少女はくすくすと笑うだけだ。


「聖女様、ですよね。私はカミュと申します。お慕いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、それは構いませんけど。……お慕い?」


 貴族の女性だと友人関係はお慕いするとか言うのだろうか、などと考える。

 カナは社交界の常識に詳しくはないのでわからない。


「あ、でも今はダメです。悪い子しなくてはいけないのです」

「そんな設定なのですか。だからしどろもどろだったんですね」


 悪の演技をしていたはずなのに何故か友人ができたことに困惑する。

 ここからさらに悪行を重ねるのも良心が咎めるのでカナは他の相手を探すことにした。

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