第2話 族滅の宴

 魔族デボスティアと呼ばれるモノたちがいる。

 

 神話において災厄と魔物の神バスコに生み出された人類の敵、とされるモノたち。

 魔物を率いる支配種として人類に恐れられるモノたち。


 悪魔や吸血鬼などに代表される魔の上位種族の総称である。



 カナの姿は変わっていない、その赤く光る目以外には。

 だが、先程までと明らかに異なる雰囲気に、近衛騎兵たちは怯んでいた。


「……あの赤い目にこの魔気。……まさか、魔族デボスティア?」

「あの美しい聖女が、魔族デボスティアだと?」


 周囲を覆う魔気におびえたのか、近衛騎兵たちが口々にざわめきだす。

 無理からぬことだ。

 彼らは王の命令によって聖女とロロという犯罪者を連行しにきたのであって、ここで魔族デボスティアと対峙することなど想定していない。

 いるわけがない。


 彼らは軍人だ。

 対人、対軍の訓練を積んできた選ばれし精鋭軍だが――、これは彼らの専門分野ではない。

 魔物や魔族といったモノ――、人外と戦うことを覚悟してここに来ているわけではないのだ。


 そうした近衛騎兵たちの動揺に、カナは杖を鳴らし口を開いた。


「おや、おやおや、おやぁ?」


 侮蔑の色をのせた視線が騎兵たちに向けられる。

 冷たい冷たい、魔の瞳。


「もしや、いやまさか。居丈高に我が妹を連れ去ろうという方々が、たかが小娘一匹に怖気づいてしまった、などということはございますまい?」


 しゃん、と杖が鳴らされた。

 涼やかな、清らかな、あるいは、冷ややかな。


「どうした、どうした。何をしに参られた、人さらいのケダモノどもよ」


 しゃん、しゃん、と杖が澄んだ音を立て――。


「――さあさ、かかってきませい」


 ――それはまるで、清らかなる怪物であった。

 清らかで、美しく、聖女と呼ぶにふさわしいほどの、――人の姿をした魔。


 人ならざるモノが放つ圧力。

 今すぐにでも殺されてしまいそうな殺意の気。


 動けないのも無理はない。

 動けば死ぬとすら思えるのも当然のこと。


 絶対の恐怖。

 生物としての本能が彼らを包む。


 しかしそれでも、騎兵たちは精鋭である。

 濃厚な魔気にあてられ、うろたえていた近衛騎兵隊であったが、その聖女の挑発めいた言葉によって怒りととともにその闘志に火がつけられた。


「怯むな! 怯むなァ!」


 近衛騎兵の隊長が喉が裂けんばかりの勢いで絶叫する。


「思い出せ、我々は誰だ! 我々こそはガルフリート王国の治安を守る法の執行人、近衛騎兵隊だ! たとえ相手が魔物であろうが悪魔であろうが、ただ打ち倒すのみよ!」


 勇敢なる言葉が近衛騎兵隊の魂に火をつけた。

 国を守るという自負が呼び覚まされ、心には闘志が、その目には意志が宿る。

 ――その後ろには、聖印をぶら下げた異端審問官がいた。


「その通りでございます。かの者はしょせん聖女を自称する異端者。神を畏れぬ不届き者。それが魔族デボスティアであっても何の不思議がありましょう。このために悪魔狩りの専門家――我が異端審問会が同行しているのです。恐れてはなりません。神に祈り、力を合わせるのです!」


 異端審問官が吼える。

 誰を見ることもなく、ただ天を。

 狂気の瞳がみつめるは、天にまします神の姿のみ――。


「――悪魔よ、去れ! 父なるゼナー! 大いなるゼナー! 秩序と裁きの力をもって、その加護を授けたまえ!」


 熱狂的な獣面とともに高らかに絶叫し、異端審問官が天高く聖印をかかげた。


 秩序と裁きの神ゼナーの聖印が、神聖なる輝きを放つ。

 清らかに、浄化するように、重苦しい魔気を中和していく。


「魔族といわれても、確かに間違いではございませぬが。……やはり、あの時の聖職者でしょうか」


 カナがそうつぶやいて、パーティーに来ていた聖職者のことを思い返した。

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