2.1話

 大昔に遠き異国の地からやってきたクラブ一族は、約千年ほど前にその力によってアリエーナ伯爵領を拝領し、退魔の一族となった魔族デボスティアたちであった。

 クラブ一族の宗派が名目上ティアラ教に属しているのも、宗派として近い縁があったという理由もあるのだが、なによりも慈愛の女神ならではの寛容な性質が隠れ蓑に適していたからだ。


 ゼナー教の過激派たちにとっては、そうした異国の宗教文化などは異端異教として排除すべき対象となるのだが、疑われた直近の発端はといえば、千年も前の歴史よりもカナ自身がその力の一端を垣間見せたパーティーにあるだろう。


 秩序と裁きの神ゼナーの名の下に敵対の有無にかかわらず魔族デボスティアたちを撃滅してきたゼナー教の一派、異端審問会。

 対悪魔のスペシャリストとされる組織の名と、その聖印の輝きによって、近衛騎兵隊の士気が高まった。


「いくぞぉォォッ!!」


 雄たけびをあげ、戦意十分といった騎兵たち。


「悪魔退治だ! 包囲陣を敷け! そして油断なく慎重に刈り取れぃ!」


 隊長の号令のもと、近衛騎兵隊が武器を構える。

 そのまま両側面の騎兵が馬を走らせて襲い掛かり――。


 ――誰も見えないところで、封印の輪が弾ける。


 風を切る音とともに、カナの杖が銀のきらめきを放った。


「まずは4人、と」


 鮮血が噴き出る。

 鍛えられた金属鎧ごと、いとも容易く真っ二つに――。


 目にも止まらぬその一撃によって、カナを襲った4体の騎兵が馬共々両断され、ごとりとズレ落ちた。


 血が、肉が、崩れ落ちていく。

 ごとりごとりと。


 その手に握られるは錫杖から放たれた刀身、ほのかに緑がかった銀の刃。

 これなるは、はじまりの島にて生み出され、聖女セイオウにより封じられた神域の魔刀。


「な。――杖から、刃だと!? おのれ、仕込み杖であったか!」


 隊長が驚きの声をあげる。

 他の騎兵たちも、その切れ味と一瞬にして手練れの騎兵を葬り去ったその技に目を見張った。


 馬もろとも鎧もろとも切り裂かれたその死体が肉塊のように散らばっている。

 美しいとすら呼べるその断面。

 およそ人間業とは思えない光景。

 悪魔、という言葉が彼らの脳裏にちらついた。


「杖? ああ、杖の外装をしておりましたね」


 すらり、と。

 カナは刀身を見せつけるように横に構え、そこから血が滴る。

 小さく波打つように整えられた美しい刃紋。


「――コトーブレード・マルミドリウス。先祖代々受け継がれてきた、刀です」


 ――コトーブレード。

 それはかつて、魔王降臨時代に異国の剣士たちが操ったという、伝説の剣の数々を指す名称である。


 ここクラデルフィア大陸ではほとんどみかけることのない、繊細で鋭く、芸術品の如き武器。

 ただの片刃刀ならば大陸にもいくつかの種類はあるが、この武器はそのどれとも一線を画すものであった。


「……大した切れ味だ。鎧ごと叩き切るとはな。それとも、魔族デボスティアの力か。……だが、どちらにせよ、これだけの数は相手にできまい! 一斉に――」


 一瞬、首を振り視線を近衛騎兵たちの方へと向けた隊長。

 すぐに視線を戻すと、そこには金髪の少女――ロロの姿しか見当たらない。

 どこへ行ったのかと、慌てて首を回すが――。


 悲鳴。

 近衛騎兵たちの後方から、死に際の鳴き声が響いた。

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