第41話 剣の舞と盾のマイ

「剣とは、武とは、あらゆるは、つまるところひとつ。動と静、表と裏、虚と実。直は円であり鋭は曲でもある」


 言葉通りの変幻自在の技が次々に繰り出される。

 恐ろしくも舞のように美しく。

 武と舞が一体となったかのような技巧。

 流れるような動きかと思えば、静寂な鋭い剣にもなる。

 幼い子供を相手に剣の技をみせながらに語るのは、灰色の髪をした中年の男だった。


「……む、わからぬか?」


 きょとんとした幼い子供の様子を見て、男は動きを止めた。

 その難解な問いに幼い子供が答えられるはずもなく、ただ首を傾げるだけ。

 それでも満足そうに微笑んで、その男は子供の頭をなでた。


「そうだ、それが普通というものだ。そうだな、これが、普通というものであったな。――つまりは、はじめての弟子か」


 感傷に浸るように、感慨にふけるように、目をつむる。


 男の名はカート。

 幼き子供であったミルカの、最初の師であった。


 雪の積もった村の中、黒髪の小さな女の子が笑顔で手を振りミルカを呼ぶ。

 寒さに体を震わせながら、ミルカは女の子のもとへと駆けて行った。




 ――目を見開く。

 撤退戦のさなか、意識を現実に戻して左側より斜めに押し寄せる敵を見据え、それでも足を撤退する方角へと動かす。

 それでも目前へと敵が迫るとき、青みがかった黒髪をさらりと揺らし、ミルカが刀に手をかけた。


 横なぎが一振り。

 敵傭兵の胴を斬りつける。


「……っつぅ、痛えなガキ!」


 浅かった。

 反撃の斧を後ろへ飛んで回避する。

 再び切りかかろうとして、すぐに切り替えた。


「あがっ……」


 敵が斧を振り下ろそうとしたところで、ディックの槍によってとどめを刺されたからだ。


「サポートとしては上等だ、ミルカ。反省があるなら戦いながら復習しろ。いくらでも練習相手は動いてる」

「ディックさん、ありがとうございます」


 ミルカが次の敵を見据えながら横に並ぶディックにお礼を伝えた。

 ディックはマイリーズ隊の副隊長として細かな指示を送るのが主な仕事なのだが、マイとともに活躍してきた強者のひとりでもある。

 今のところ戦術的に難しいところはないのと、質の高い相手と一対一の戦いを避けるためもあって、ミルカと急造のコンビを組んでいる。

 といっても、元々ミルカはマイリーズ隊の所属であったので、その連携に何ら問題はない。


「前より生き生きしてるじゃないか。戦術の歯車になってるより、そっちのが向いてるなお前。槍より剣を使いたいからと隊を抜けた変わり者だけはあるな」

「す、すみません。お世話になってたのに、……俺、抜けちゃって」

「皆は気にしていない。やりたいことを適正が合う部隊でやればいいんだ。グランマもそう言うさ。団を裏切ったわけでもないんだからな」


 マイリーズ隊は部隊長マイの趣味で戦術が変わっていく、ある意味最も変化の激しい部隊だ。

 適正が合わずに他の隊に流れていく者はミルカだけではなかった。

 それでもマイが流行を参考にして編み出す最先端の戦術と独特の武装は、特に子供心を刺激するのか人気の高い部隊でもある。

 それだけに選抜も厳しく、戦術適正も求められるという点からオーリエール傭兵団きってのエリート部隊といっていいだろう。


 ミルカが所属していたころの戦術は、槍と盾をもつ重歩兵が敵を突き放して、剣兵で乱戦を防ぐというものだ。

 今現在ミルカらがやっている一対一をさけて一対多を瞬時に作り出す動き方は、かつての戦術の手法である。

 連装式クロスボウは当時から使われていたが、普通の弓隊と同じような運用法であった。


「しかし、ひとりひとりが強いな」

「これだと……っ、他の皆さんも厳しそうですね……」


 接近してきた敵とディックが交戦する。

 後退し引き込んだところで横からミルカが斬りつけて撃退した。

 そのミルカの横腹に突きが放たれるが、それは刀で受け流す。

 額から汗が流れる。

 一瞬一瞬が死と隣り合わせの空間。

 ミルカよりも手練れの剣使いの猛攻で苦戦し、横からエレーヌの投げナイフによって救われる。

 連携の良さでかろうじて維持しているような戦線であった。


「部隊の精鋭を集めてこれだ。総力戦ならもっときついだろう。……食いつかれて行軍速度が遅くなってる、まずいな」


 ディックの表情は、そう言いながらも苦しそうではなかった。

 彼は知っているからだ。

 この場にはひとり、規格外がいることを。

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