40.1話

 オーリエール傭兵団の先頭では、カナのおかげで直接の交戦を避けてはいたが、代わりにやや後方から追われることになっていた。

 乱戦になる最悪の事態は回避できたが、強いプレッシャーをかけられながら逃げるのだから焦りと怖さでペースは自然早くなる。

 精神的にも身体的にも消耗を強いられていると言えるだろう。

 幸いにして敵側に騎兵隊のようなものは見当たらないが、オーリエール傭兵団とて馬を擁するのは元将軍ジョルジュが率いる部隊だけだ。

 

 このままのペースを維持できるならば逃走は成功するのだろうが、それはあくまで理論上の話。

 同じ傭兵とはいえ、ベテランの傭兵と子供たちではどうしても体力に差が出てしまう。

 それに何らかの障害があるならば話は根底から覆るのだ。


「マイ、準備はできたぞ。盾装備だ。輸送隊の荷馬車が近くで助かったな」

「終わったか、ディック。左外側に配置させてくれ。ギリアンが来たら好きにやらせとけ。先頭は私がいく」


 マイリーズ隊の副隊長、ディックが盾を見せながらマイに水袋を投げ渡した。

 受け取ってすぐにマイが水分を口に含む。

 撤退と並行して敵伏兵への備えの指揮をとっているマイは、珍しく難しい表情をみせている。


「右はいいんだな?」

「そっちまで手が回らん。来たらお手上げだ」

「はは、回らなくても手は上がるんだな」


 軽口を叩くディックだが心中は同じ気持ちであった。

 より強き相手により少ない数で戦わなくてはならないのだからうんざりしたくもなる。


 マイの作戦は敵が伏せている可能性が少ない右側は捨てて、多少賭けにはなるが正面と左側に全力を投じることで、少しでも戦力差を補うというものだ。


「出番はあると思うか?」

「ないに越したことはない。だが、手練れの傭兵団が相手ならこれで終わっては逆に不自然だろう? 偶然の遭遇戦にしては用意周到すぎるしな」

「そりゃそうだ。罠にはめたのにこれで終わるわけもないよなぁ……、はぁ」


 ディックはそう口にしながらため息をつく。

 そこへ横からイブが現れ、マイに筒状のものを手渡した。


「ほいよ、マイちゃん。イブちゃん特製のあやしい液体おまち。愛情たっぷり夢いっぱいなんだぜぃ」

「助かるぞ、イブ。さぞ劇物だろうな、イブがあやしいものをこめたんだから」

「こめてるのは愛情ですがな。イブちゃんの愛情を劇物扱いしないでくだちゃい? ラブアンドピース!」

「平和にさせるブツというわけだな。わかった、味方にはかけないように注意しよう」

「ウィ。平和には犠牲がつきもので夢いっぱいは危険がいっぱいだからにぇ。愛にも平和にも代償が伴うものさぁ!」

「やっぱ劇物じゃん。まあ武器になりそうなものを頼んだのだが」


 怪しげな筒を自身の盾の裏側に装填する。

 これもマイの特殊な盾の機構のひとつだ。


「ミルカは盾はいらんのだな?」

「ええ。俺はコレで」


 ミルカはそう言って、刀を胸のあたりまで掲げる。


「そうか。せっかく見つけたんだ、壊したり無くしたりしないようになー」


 一緒に探して回った休暇の日のことを思い出して、マイは優しく笑った。

 あの後で食べたチーズは美味しかった、良い日常だったと、そう考えながら。



 準備をしつつも、速度をあげて行軍は続いている。

 追われる側の精神的な疲労、いつ襲われるかという不安と警戒、そこから来る焦りによって身体的な疲労も重なっていく。

 ある程度進んだころには、無駄口を叩く者も減っていた。

 一部の例外を除いては。


 馬の上で寝そべるロロに並んで、イブが緊張感のない声で話しかけた。


「ねえ、ロロちゃんロロちゃん」

「どうしました、イブ」


 寝ながら本を読みつつロロが言葉を返す。


「いやー、ロロちゃんもカナちゃんみたいに強かったりするんかなーって思ってさ? アチシのこと守ってくれちゃう? キルミー?」

「え? イブを殺せと? ……私がカナ姉様のようになどと、そんなわけありません。私はかよわいのですよ。だからこうして寝ているのです」


 少し目を見開いて、視線をイブに向けてからロロが答える。


「いや、馬の上で寝ながら読書してるとか、超余裕ぶっこいてる実力者みたいな個性的素敵パーソナリティなんですけど?」

「“魂糸”で固定しておりますし。楽でいいですよ」

「なるほど、わからんぬ。その物体、錬金素材になったりするんかにょー?」

「さあ? 難しいかとは思いますが」


 そう言って視線を本へと戻すイブ。


 もう少し話そうかと悩んでいたイブだが、そこで話は打ち切られることとなった。

 後方からの援軍が到着したからだ。


「ヘーイおまたせ、マイちゃん」


 後方から軽やかに駆けてきたそこそこ背の高い少女がふたり。

 ちらりと覗いたロロの記憶には、たまにカナと話していたふたりだ、という印象しか残っていなかった。

 ロロが最初に見かけたのはカナとミルカが試合をしていた最初の頃。


 ふたりの名はアンナとエレーヌ。

 どちらも薄茶の髪色でそれぞれがすらりとした長髪とふわりとしたボブカットの、大人びた体形の少女たちだ。


「アンナ、エレーヌ、来たか。……おまえらだけか? ギリアンは?」


 想定していた人数と違ったことで、マイがいぶかし気に片眉を動かす。

 それに対し、やや気まずそうにしながら、アンナと呼ばれた少女が答えた。


「ちょいと横っ腹つつかれてるとこの対応に追われててね。もう少しかかるから、あたしらだけ送り出されたのさ」


「ありゃ。ギリアンさんはまだかー。人手不足だねぃ」

「ほんとほんと。まぁ、エレーヌが全部やってくれるから!」

「いやいやいや、 無理だから」


 アンナの冗談に苦笑しながら手を振るエレーヌ。


「むう、やむを得んな。間に合ってくれるといいが……」


 渋い表情で目をつむったマイ。

 だがその目はすぐに見開くことになった。


「マイ部隊長! 左前方、敵です!」

「遭遇早いな! 総員、構え! 後方の味方がいる以上避けては通れん! 突き破るぞ!」


 斥候からの報告を受け、マイの頭が瞬時に切り替わる。

 オーリエール傭兵団の先頭においても、戦いがはじまろうとしていた。

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