41.1話

「それ、次々来い。私は忙しいんだ」


 盾から出る刃に刺さった死体をぶん投げ、ぶっきらぼうに告げるちんまりしたショートカットの少女。

 オーリエール傭兵団先端の中央に位置するこの位置を守るのは、部隊長のマイだ。

 さわやかなライトグリーンの髪に返り血をつけながら、敵傭兵の幾人かをすでに始末している。


「やる気があるのかお前らー。さっさとここへ来て死ね」


 仲間が軽々と殺されていく様子に敵側も警戒を募らせ、じりじりとすきを窺うばかり。

 その様子にやや呆れた調子でマイが煽った。


 敵傭兵のひとりが、汗をたらしながらに答える。


「へへ、テメエは装備が重くてろくに動けねえんだろ。じっくり囲んでやらぁ」

「小娘が! 調子に乗ってられるのも今のうちよ!」


 言われてマイは、ふむ、と自分の周囲を軽く見渡す。

 仲間を守るための立ち位置ではあるが、確かにあまり動いてはいない。


「囲むのはかまわんがな、いいテストになるし。だが今は忙しい、私がひとりの時なら歓迎だ。運良く生きていたらそうするといい」


 そういうと、敵傭兵の視界からマイの姿がなくなった。


「消え……いや、跳んだ!? あの重装備でか!?」


 まさか跳躍するとは思わず、その傭兵はすぐに目で追おうとするが……。


「思いこみは危険だぞ。例えば、盾に刃がついているわけがない、だとかな」

「っ!? ……な??」


 すぐ真横から聞こえる声に驚愕したが、それでも受けの構えをとったのはさすが熟練の傭兵ということだろう。

 そして、敵傭兵は崩れ落ちた。

 その額にはクロスボウのボルトが刺さっている。


「ああ失敬。クロスボウだった。ほらな、思いこみは危険だろう? 騙し合いもまた戦場の妙味というわけだ。では、次々死んで行ってくれ諸君。遠慮するな」


「うるせえ、舐めるなガキ!」


 目の前で少女にそう煽られ、さすがに感情的になった者たちが力任せに武器を振るう。

 盾ごと叩き切ろうという勢いであったが……。


「……び、びくともしねえ、なんだこの力」


 あえて、力をそらさずに受け止めたマイの、その小さな体からは信じられない膂力に驚愕する。


「かわいらしい私を侮ってくれるのは嬉しいが、思いこみは危険だと言っただろう。では、次」


 その力だけではなくマイの技によって敵傭兵は空に浮かされて――。

 防御がままならないまま、その喉にクロスボウのボルトが突き刺さる。

 射貫いてすぐに振り下ろした左手の盾が近くの敵を頭から割き、その奥の敵にボルトが放たれる。

 右手側から突進してきた敵の一撃は盾を傾けて逸らし、崩したところで右手の盾の刃が下段からその敵を切り裂いた。


 マイの別格すぎる強さを目にし、敵傭兵団も怖気づいてその動きを止める。

 その隙を見逃すディックではなかった。


「は、さすがうちの部隊長サマ。イカれた強さだ。よーし、マイが突破口を開いたぞ! 急いで逃げろ!」


 すぐに全体に指示を出して、意識を戦闘から撤退へと切り替えさせる。

 この行軍の目的は撤退にあり、可能な限り無事に安全な区域へと向かうことだ。

 この場の敵を倒すことなど二の次である。


 マイリーズ隊の一部を護衛に輸送隊や治療隊を先に行かせて、ディックらの防衛隊もそのあとに続く。


「はーい、アンナ逃げまーす。ひーひー、きっつい相手だわー。技量はともかくフィジカルの差が大きいね」

「いや、普通に何人か倒してたじゃん」

「エレーヌとのコンビだからだよ! あたしたち必殺のグレートモヒカンスペシャリテにかかれば……」

「いや、そんな技はない。あとモヒカンどっからきた」


 アンナとエレーヌのいつもの調子を聞いて、ミルカたちは頬を緩ませた。

 こうしてアンナが場にあわない冗談を口にするのは、仲間の緊張感を和らげるためだ。


「バカな冗談こいてないでさっさといけ。ミルカ、俺たちも行くぞ。あとのことはうしろに任せる」

「は、はい!」


 真面目なばかりが戦いではないとディックもわかっているが、彼はあえて引き締める役を選んだ。

 士気を保つには真面目過ぎてもふざけすぎてもバランスが悪い、という管理者の目線からである。


 敵ににらみをきかせてから、マイも重装とは思えぬ速さですぐに追いついた。


「射撃はなく、想定よりも早い遭遇戦、か……」


 その顔を、余裕の勝利とは思えないほど曇らせながら。



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カクヨムプロットコンテストに集中するのでひとまずここでお休みとします。

近況の方でお伝えしておきましたが、今回の分はコンテスト発表を知るまでに書き貯めておいたものでした。

同時並行も考えましたが、あんまり器用に作品の頭を切り替えられる方ではないようですね、私。

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傭兵聖女は人を喰う 絵羽おもち @pupepemoti

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