24.3話

「――≪御名もとよりまをす。祓え祓え、穢れあらむば。鎮め鎮め、清め給え≫」


 静かな、透き通るような声。

 カナの目がうっすらと開く。


 一瞬、冷やりとした感覚が人々に走った。

 かすかなざわめきが、その空気の変化とともに静寂へと変わっていく。


 その場にいた者は誰しもが感じ取った。

 何か異質な、超常的なことが起きていると。


「――≪かしこめかしこめ、すわかしこめ。御魂集いてカナのもとへ≫」


 これこそは、始母セイオウより伝わる祓いの祝詞。

 『清浄の儀』と呼ばれる、鎮めの言葉。


 言葉が終わり、音を鳴らすような歌がはじまる。

 まるで世界に浸透するような声で。


 ――カナの銀髪が風に揺れた。

 どこからともなく吹く風。

 風に乗って、何かがカナのもとに集まるように、穢れていた大地が浄化されていく。


 邪念、穢れなどの影響から天に召されなかった魂を、カナのもつ“マカ”が喰らったのだ。


 カナの身体が白き光を帯び、清らかな空気があたりを包む。

 ――魂の光、柔らかく優しげな癒しの光。

 透き通るような歌声が人々の心を落ち着けていく。


 気が付けば血の汚れさえもなくなり、人々の傷が少しだけ癒されていった。

 場を清め、心を静め、心身を安らかにすることで、人のもつ再生能力が強化されたからだ。


「おお……、奇跡だ!」

「傷が塞がっていく……」

「血なまぐさかった戦場が、もうこんなに綺麗に……」

「聖女様だ! あの方こそ、真の聖女様だ!」


 実際には神の奇跡などではなく、カナの振るう鬼道のひとつであるのだが、そのようなことなどわかるはずもない。

 人々は、目の当たりにした奇跡のような出来事に熱いまなざしで感涙に震えていた。


 そこへカライス伯爵が、カナの横に立ち、カナを紹介するように手の平をかざして宣言した。


「我が兵よ、我が民よ! これが聖女様の偉大なるお力だ! 王を名乗る醜い豚か、神に選ばれた美しき聖女様かの選択だ! 悩むまでもないな!? 正義も神も聖女様のもとにある! 共に立ち上がろうではないかー!」


「おおおおおおおおおお!!!」


 熱い感動に突き動かされた人々の心が一体化する。

 一緒に王に謀反を起こそう、と言っているも同然な危険すぎる誘いなのだが、人々の正義はもう定まってしまったのだから無理もない。


「いやあ、すごいねえ。機とみればすぐに手の平を返すその身のこなし。詐欺師も驚く口のうまさ。さすがは私と競ってきただけあって敏腕商人というしかないな、カライス伯。……それとも扇動者アジテーターと呼ぶべきかな?」


「ふん。聖女様がそちらにいると知っていれば即座に豚野郎など捨てておったわ。聖女様がどれだけ強いか知っているからな、私は。興味本位で悪魔退治についていったときの情報が生きたというものだ。世の中、いかにうまく立ち回り、稼げる方につくかだぞ」 


「ふははは、肝心な聖女殿の居場所を知らなかったとはな」

「アンタもウチにいると知らなかったろう……。会わせたこともないんだからさ」


 そう言って、得意げに胸を張るグイエン侯爵。

 しかし、オーリエールがうんざりしながら呟くと、今度はオーリエールの方に顔を近づける。


「そうだ、知らなかったとも。どうして教えてくれなかったのだね?」

「……はぁ。始末に負えないね、こいつらは」


 頭を抱えてオーリエールが愚痴を漏らす。

 傭兵としてはこんなくだらない会話よりも、戦後のパーティーでも開いてくれたほうが助かるのだ。

 このままでは時間がかかりそうなので、仕方なしに口を挟んだ。


「それで、どうするんだい。傭兵が口を出すことじゃないけど、さっさと決めておくれよ」

「まぁ、うちの兵士の方も完全にその気になっちゃってるからねえ。しょうがない、味方にするしかなかろうな」


「私も王や宰相などどうでもいいし、なんならアリエーナ伯の方がよっぽど親しくしとるぐらいだ。今回は、単に商売敵のボルディガレの街を手にいれるチャンスと思っただけのことよ」


「この状況にも関わらず、本音で語るとはな。いっそ清々しいというものだ。……とりあえずは賠償さえしてくれれば許そうではないか。元々、カライス伯を潰す気はなかったのだし」


「さすがはグイエン侯、機を見るに敏だな! ……で、まからんか?」


 商売人そのものな手の動きをみせて、賠償金の交渉をはじめた領主ふたり。

 こうして、対立していたグイエン侯爵とカライス伯爵は、王や宰相相手に共闘するという方向にまとまるのであった。

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