24.2話

「まさか……そんな……? あのかたは聖女様ではないか! どういうことだ、将軍!」

「あ、カライス伯ですね。しばらくぶりですー」


 対照的に、のん気な調子であいさつをするカナ。

 基本的に兄の領内に引きこもっていたカナであるが、いくつかの領地で聖女として仕事をしていた過去に何人かの領主と会っており、カライス伯爵もそのうちのひとりであった。


「私にもどういうことだか。わかるのは、私をいとも簡単に倒したのが聖女殿ということぐらいですなぁ」


 問われても困るという風に苦笑しながら、ジョルジュ将軍が自分で縛った手首をアピールしてそう答える。

 それを聞いて、周囲にいた兵から動揺の声が漏れ出した。


「おお、聖女様……」

「あのような少女が、ガルフリート最強と謳われた将軍閣下を?」

「聖女様っていえば、冒険者も死屍累々だったっていう、あのサンガートの悪魔をやっつけたって……」


 聖女のことを知る者や知らぬ者、将軍を倒したということを疑う者、将軍自身の言葉を信じる者。

 その反応は様々だが、カライス伯爵の兵もグイエン侯爵の兵も同じようにささやき合う。


 そうした喧噪は意に介さず、カナがカライス伯爵に首をかしげて言葉を返した。


「えーと、今はオーリエール団長のところでお世話になっておりますが。そこなにか大事なところなのです?」


「なんと、……なんということだ! 聖女様がいらっしゃるのならば決して戦おうなどと思わなかったのですぞ! ……おお、そうだ、今からでも遅くはない! 聖女様、我々カライス領の皆は今すぐに聖女様のお味方として立ち上がりますぞ!」


「ええ?」


 あまりにも突然の手のひら返しに、カナだけでなく他の者もあっけにとられ口を挟むことができなかった。

 カライス伯爵はそのままいきり立ったように後ろを向く。


「皆の者! 私は誤った道を選んでしまった。王の命に従いこうして出兵したが、まさか聖女様と敵対するとは想像もしていなかった! ……皆の犠牲に深く、深く謝罪する! しかぁし! まだ我らにも贖罪の機会が残されていた! 聖女様と共に行くという道がだ!」


 たたみかけるようにカライス伯爵が凄い勢いで演説を続ける。

 とても敗戦の責任者とは思えない活力ある姿に、周囲の兵も驚きを隠せない。

 一方で、その意図に気付いたグイエン侯爵は、ぽつりと言葉をこぼした。


「……あ、その手があったかー」


「よく聞け! これは民には知らされていなかったことだが、我らが王はパーティーに呼び出しておいて、聖女様に無礼を働いたのだ! ただ、己の欲望のためになんと聖女様を殴りつけたのだ! それはここにいるグイエン侯も認めることであろう!」


「確かにそれはあったねぇ。あれは酷い事件だった、うん。……私ってば正直者だから認めちゃうとも」

「ありましたねえ。僕としてはそこはどうでもよくて、むしろロロへの態度がー」


「王が出兵を命じたのもそのせいだったのだろう。我々はもう少しで過ちを犯すところであった。……すべては聖女様を意のままにするという、王の身勝手な欲望のためだ! そのような王が許されてよいのか! いいや、よくない! 豚のように醜い肉の塊など、王にふさわしくないのだ! 姿だけならばまだしも、心までも醜いのでは豚にも劣る生き物だ。悪魔といっても過言ではあるまい!」


「おおう、悪魔もビックリの新説ですよ」


 その内容に思わずカナが小さく感想をこぼしたが、あまりにも飛躍した論法なので無理もないことであった。

 しかしカライス伯爵の勢いに押された兵たちは、段々と熱をあげていく。


「そうだ!」

「ふざけるな、王め!」


 この光景を呆れながら眺めていたオーリエールはため息をついた。


「なんだいこの流れは……」

「いやあの、もう聖女ではないのですが。……あんまり大々的に言われてもー」


 カナが微妙な訂正をいれるが、その声を聴きとれたものは付近にいたオーリエールやジョルジュ将軍だけである。

 少しして、カライス伯爵がカナの方へと近づき、深々と頭を下げて頼み込んだ。


「聖女様。どうか戦いの犠牲になった者たちに安らぎをもたらし、この地を清めていただけますか。……言いたいことはおありでしょうが、これも人々のため。心からお頼み申します」


「あ、はい。いいですよー」


 いつもの役目ということもあり、特に深く考えることもなく気軽に請け負ったカナ。

 目をつむり、深呼吸をはじめる。

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