36.3話

 そうした異常な光景をみせられていたラルジャーレは、撤退する自軍の姿をみて投げやりに言い放った。


「もーだめだ、もー帰るよ! 撤退! ……いや、転進だ!」

「はっ、懸命かと思われます」


 強さでも敵わないというのに、兵の心まで掌握されては戦うどころの話ではない。

 そもそも彼らはアンデ侯爵の補給線を絶ち、退路をたつのが目的だ。

 あわよくば本拠地をつき攻城戦に望むつもりではあったが、その前哨戦で完膚なきまでに崩されては目的を達成するなど不可能である。

 さっさと領地に帰っておとなしくしている方が賢いというものであろう。

 ブルタニア侯爵には叱られるだろうが、敵と戦い敗北したのだから最低限の義務は果たしている。

 ラルジャーレはそう考えて、帰還後のお楽しみに頭を切り替えた。




「あのヘボ指揮官はひとつだけ正しかった。……逃げる判断の速さだけはね」


 戦いのあと、オーリエールが撤退する敵軍を眺めながら語りかける。

 カナはニコリと笑ってそれに答えた。


「おかげで被害もなく楽々でした。早々に終わらせたから相手の被害も少ないはずですけどね」

「不利な時に逃げるってのは良い判断だよ。特に傭兵には必要な判断だ。それができないやつは無駄死にしちまうだけさ」


 流れに沿ってオーリエールがいつもの持論を展開する。

 口酸っぱく傭兵団の子供たちに教え込む、逃げることの重要さ。

 名誉という虚栄心よりも実利を優先する傭兵らしい教えだ。

 これは他の傭兵団でもおおよそ共通する考え方で、敗色濃厚な場面では逃げ出すという傭兵全体の悪評にも繋がっている面も否めない。

 傭兵団にしてみれば、命を捨てて王や領主といった雇用者のために戦う義理などないので、それも正しい評価ではある。


「しかしまぁ、なんとも聖職者らしいトドメだったね。ありゃあ傭兵には思いつかない発想だよ。思いついてもできないがね」


「団員達に経験を積ませながら、なるべく被害を出さないようにする、というのが指揮官をやる際の条件でしたので、なんとか頑張ってみました。結構きついんですけどねーあの術」


「アンタは水属性限定だったっけ? 術体系が違うとはいえ法則は似たようなもんだろう。属性変換を挟んでるんだから大変だろうさ」


 鬼道であれ魔術であれ精霊術であれ、自分と相性の良い属性の術しか操れないのは同じことだ。

 理論上は変換式を挟むことで術の行使も可能とはなるのだが、普通の術師は自分が扱えない術を習得するはずもない。

 そのうえ実現しても効率が悪く、消耗は激しい。

 もっとも、カナがきついと言っていたのは記憶の持ち主の危険度という別の問題もあるのだが。


「このあとトゥロネの街にいってアンデ侯の援軍をしなきゃならないからね、できるだけ消耗は避けたかった。カナはいい仕事をしたよ」

「それはなにより。僕も楽しめました」


 オーリエールが褒め称えると、カナは楽しそうに笑って答えた。


 あのまま白兵戦に突入したとしても勝てたことは疑いないが、遠距離からの恐怖であれば立ち上がらない兵たちであっても、目前に敵がいれば必死に抵抗するだろう。

 そうすればどうしたって自軍の被害は避けられないものになるのだ。

 それを避けるために、カナは少しだけ無理をしたのであった。


 ワインの入った水筒を口にして一呼吸いれてから、オーリエールは話を続ける。


「それにしてもまさか死傷者ゼロとは驚きだねぇ。白兵戦をするまでもなく撤退させられた敵軍のヘボさも酷いものだったけどさ」

「あのー、よろしいですかねえ?」


 その言葉に反応するように、おずおずと手をあげたのはイブだった。


「ん? どうしたんだいイブ?」

「怪我人1名……、カナちゃんに驚き興奮し前のめりになって転んだ馬鹿がここにおる!」


 そう言って、イブが顔だけで格好をつける。

 擦りむいた膝を痛そうにさすりながら。

 それに対する答えは、ふたりからのなんともいえない微妙な表情であった。



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まだ引っ越し先が決まっておらず執筆時間がなかなか取れないので、おやすみさせて頂きます。

またある程度書きましたら再開いたしますね。


プロット自体は終わりまで考えてあります。

投げ出したりはしないの安心してゆっくりお待ちいただければと思います。

再開の日程は未定ですが、書きたい気持ちはいっぱいなので必ず戻ってきます。




せっかくなので内容についての話を。

お気づきかと思いますが、欧州風ベースの大陸に和風ベースの島出身の一族が住み着いた、みたいなファンタジーです。


元ネタで話しても構わない範囲のものを少しだけご紹介いたします。

感のいい読者様ならばすでにお気づきかもしれませんね。


アリエーナ伯爵領は大昔に逃げ延びてきた鎌倉武士的な生物が住み着いた、みたいな異郷です。

カナの扱う流派のうち、スイゲン流は関東七流、ホーゲン流は京八流を雑にモデルにしています。

占星術師ノートル先生はノストラダムスがモデルです。


時代的には大航海時代あたりの中世を抜けたところに設定してあります。

じゃがいも?自生してますとも。お料理さびしくなっちゃうからね仕方ないね。

紅茶も場所によっては栽培できるし、コーヒーは南の別大陸から輸入してたりします。

本当はその土地の食文化紹介みたいのを書きたいところだけど、そんなの需要ないとわかっているのでなるべく飛ばしております。。。

その辺無駄にやりまくってたのは前作ですね。設定厨の癖です。ちなみに設定は同じものです。


それでは、再開までお待ちください~。

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