第37話 傭兵と孤児

「よし、今日はここらでいいだろう。野営の準備をしてゆっくり休みな」


 敵軍を追い払い、トゥロネの街の援軍に向かう傭兵団はオーリエールの指示によって行軍を止めた。

 すぐに団員が一斉に動きだし、テキパキと手慣れた動きでテントを組み上げ、別の者らが食事の準備を開始する。

 サボる者など見当たらず、野営においても高い連携は機能しているようだった。


「今日は結構早いのですね?」


 カナが空を見上げながら言葉をこぼす。

 ノワイヤ平原の空はまだ明るい。

 普段ならばまだ行軍を続けていた時間だろう。

 隣で歩くオーリエールは作業を行う子供らの様子を一回り確認したあと、カナに答えた。


「一応は戦いのあとだしね。それに、そろそろじゃないかと思ってるのさ」

「そろそろ、とは?」


「領主らの準備が整うころ、……早い話がそろそろ相手方にも傭兵が雇われるころって意味さ」

「なるほどー」


「国や領主が普段からもってる兵ってのは基本的に数が少ない。維持費がかかるからね。そこで戦時には訓練もしてないような徴集兵で数を水増しするわけだが……、できれば実戦経験豊富な奴らが欲しくなるのも当たり前だよねぇ?」

「それはそうですね」


「となれば傭兵を雇うのはごく自然な流れってわけさね。でも傭兵がいつも酒場で飲んだくれて暴れてるってわけでもない。傭兵だって生きるために仕事をしなくちゃならないからね。結局、まとまった数を揃えるには時間がかかるのさ」


 と、ここまで流れるように聞いていたカナが少しだけ驚いたような顔を見せる。


「……えっ? いつも酒場にいるわけじゃないんですか?」

「驚くところそこかい? そういう飲んだくれは冒険者のほうだよ。あいつらも入れ替わり立ち代わりしてるだけでいつも酒場に同じ奴がいるわけじゃないけどさ」


「本で読んだイメージと違うものですね」


 カナは目をつむり感心したように頷く。


「知識と現実は必ずしも一致しない。たあいもない雑談で良いことを学べたね?」

「合わせるべきは現実の方ってわけなのよ、カナちゃんや? ふふーん?」


 通りすがりに現れたイブがその言葉を残して去っていく。

 腕に抱える荷物を運んでいる最中だったのだろう。

 そんな姿をみていると自分も何かしなくていいのだろうかとカナは考えたが、目の前の団長からは特に何も言われていないのだから仕方がない。

 普段ならば自分のテントぐらいは組み立てるのだが、それも今回は他の子の役割となっている。

 もしかすると指揮をする者たちの様子をその目でみる、というのが指揮官の仕事なのかもしれない。


「だいたい、アタシらだって酒場にゃ入り浸ってないだろう」

「子供だらけだから特殊な傭兵団なのかと」


「……うちが特殊なのは事実だけどね。ともかく、ここまでは余裕があったけれど、ここからは相手の強さが変わってくるかも、って話さ」


 そこまで話したところで、ミルカがやってきた。


「グランマ、こちらの準備は終わりました。他には何かありますか?」

「そうかい。じゃ、あとは夕食まで好きにやってな。通告のとおり、訓練はナシだ」


 報告を終えたミルカはそう言われ、キョロキョロと周りをみてからその場に残った。

 普段ならば空き時間にはそれぞれ訓練を行うのだが、戦いがあった日なので休憩を重視したのだろう。


「ふうむ。国の軍隊と傭兵ってやっぱり強さが違うのです?」

「違うね、全然違う」


 結論を述べてから、オーリエールはその理由を述べていく。


「まず実戦経験の差が違いすぎる。傭兵は戦うのが仕事だ。戦場から戦場を渡り、戦い続けるのが傭兵っていう職業さ。運が良ければ一度も戦わないまま引退できる兵隊さんらとはそこがまったく違う。戦うことでしか生きていけないような奴らばかりが集まり、戦ってばかりの環境で生き残るやつが選別されるんだ。ろくでもない環境だねえ、まったく」


 ろくでもないというのは本心からの言葉なのだろう。

 少なくとも褒められた環境でないことだけは間違いないな、とカナも同意する。


「とはいえフェイタル帝国みたいな戦争ばかりやってる国の軍隊は同じように練度が高いし、平和な国でも個人の資質は別だよ。ジョルジュみたいな飛びぬけたやつは傭兵でもなかなかお目にかかれないねぇ」


「それなりにはお目にかかるのです?」

「不幸にして、それなりにはね」


 とオーリエールは困ったように眉を歪めて口元に笑みをたずさえる。

 その口ぶりからすると、どうやら傭兵界の層は厚いらしい。

 別にカナは最強を目指しているわけでもなければどちらが強いか試したくなる手合いでもない。

 しかし、戦って面白いのがどちらなのかといえば、それは強き者の方なのだ。


「“怪物クリーチャー”ゾンダ、“真紅の仔猫クリムゾン・キティ”アークリーズ、“天眼”のジェド、“戦争商”ヴァルドシュタイン、“迷宮職人”ダグロフ、“海髭の長”ヨルム……そして、“傭兵王”ゼグディン。――これらは最上位の傭兵団を率いる傭兵の頂点と呼べる人たちですが、ほかにも多くの強者がひしめいていると聞きます」


 カナの隣に控えていたミルカが口をはさむ。

 まるで物語の登場人物のような紹介をうけ、カナは少し楽しげに微笑んだ。

 世界は広いのだと、まだ見ぬ世界が広がっているのだと、そう言われたようで――。


「ほうほう、ミルカは詳しいのですね」

「ちょっと古い情報なんですけどね。今どうなっているかは僕は詳しくはなくて。他に僕が知っているようなことは……」


 そこまで言うと、ミルカがちらりと視線をずらしてちらりと他を見てからうつむき加減に考え込む。

 珍しく、わずかばかり表情が陰っている。


「どうしました?」

「……いえ。他といえば、尊敬している人がカナさんと同じく刀使いでした」

「それは奇遇ですね。他所の場所でも刀をご愛用の方がいらっしゃるとは」


「ええ、……ですね」


 そういって、ミルカは正面からカナに微笑んだ。


『まぁ、数は少ないとはいえ刀も外に売り出しとるようだしの。扱うものがいても不思議はなかろうて』

『そういえばそうだったね』


 そこで割って入ったいつものクロからの雑談にカナも応じる。


『昔にもマフィールのやつにちょいと教えてやったらすぐ覚えて首切ってたし』

『誰それ。その記憶はまだ見てないよ?』

『儂を封印した中のひとりじゃな。ちと見せられん部分よ』


 ただの雑談かと思いきや、さらりととんでもない内容が混ざっていた。


『えー、みてみたいなー』

『ダメじゃよ、ダメダメ。暴走して荒ぶっておったころじゃから恥ずかしい……、いや危険じゃからな』


 クローゲンがカナに見せようとしない記憶はいくつかあるが、それらはどれもカナ自身に強い影響を及ぼす記憶だ。

 先ほどの戦いで用いた大怨霊テンマンのように危険極まりないものは管理者クローゲンによって封じられている。

 クローゲンの記憶の中では、特にこの大陸にやってきてからのものが禁じられているのも暴走していた時期とかぶっているからなのだろう。

 つまり、冗談めかしてはいるが、これもカナを気遣ってのことなのだ。

 それがわかっているから、カナのほうも無理を言うつもりはなかった。


「ありがとうございます、ミルカ。なんだか楽しげな情報ですね。ロマンを感じます」

「……えっ? ……楽しげ? ああ、刀を扱う人のことですか?」

「それもありますし、名をあげた他の人たちもですね」


 カナがそういうと、ミルカは困惑と感心が混ざったような表情で小さく頷いた。

 その様子に苦笑しながらオーリエールが口を開く。


「ミルカが挙げたような奴らは、可能な限りは戦いたくない連中さ。“仕事”でなけりゃすぐに離脱を選ぶよ」


「なるほどなるほど。世界は広いのですねえ」


「ま、訂正しておくと、ヴァルドシュタインのやつは国のお偉いさんになったからもう傭兵とは呼べないね。……そこのしょぼくれた中年、今はグラナートが団を率いてるんだっけ?」


 と、話の途中でオーリエールが通りすがりのフレンツに声をかける。

 指名されたフレンツは嫌そうな表情を浮かべて振り向いた。


「だれがしょぼくれた中年だ。……いや、俺に聞かれてもね。今のことなんか知るわけないじゃないの」

「やれやれ、同業の情報ぐらい聞いとくもんだよ」

「同業ねぇ……、しょぼくれた中年扱いされてるこんなオジサンと一緒にされたくないでしょ、アイツらも」

「違いない」


 フレンツの返しにオーリエールが短く答えて笑う。

 チラリとカナの隣に目を向けて、自嘲気味に苦笑をしてから、フレンツは他の場所へと歩き去った。

 隣のミルカは無表情のまま、ほんの少しだけ眉が歪められていた。

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