第36話 ノワイヤの戦い・後編

「ええい、先に伏兵の弓隊を始末させるんだ!」


 いら立ちをみせながら、ラルジャーレが副官に指示を出す。

 なるべくなら事なかれ主義を通したかったのだが、副官として助言すべき場面で日和るわけにはいかない。

 役に立てなければそれはそれで職を失う危険が高いのだ。


「閣下、丘の上の敵本隊に側面を見せるのは危険です」

「……そのとおりだね。……よし、弓には弓だ!」


 進言が聞き入れられて、副官はホッと息をついた。

 意外ではあったが、ラルジャーレは聞くべきときは他人の言葉を聞ける人間のようだ。

 貴族に限らず、自分の意見を絶対とする頑固な者は少なくない。




 一方、ノワイヤ平原西の森の中。

 うろたえてばかりだったラルジャーレ軍の弓隊が反撃の弓を用意する姿が見てとれた。

 ライラックが対応の指示を出す。


「敵さんが食いついたぞ、風を張れ!」


 風とは精霊術アグリ・ケルズによる風の術のこと。

 エルフが得意とする、飛び道具から身を守るための防衛策だ。

 ライラックの横にいたエルフが風の精霊が呼び出すと、矢を阻むように横なぎの風が吹き付ける。

 簡易的な矢避けだが、よほどの威力がなければこの風の壁は突破できない。


「ふん、エルフと弓で勝負しようなんて無謀ってもんだ」


 ライラックが下の敵兵を見下ろしながら自慢げに言葉をこぼす。

 その言葉を拾った周りのエルフたちが日常の雑談のように軽口を叩く。


「精霊術メインや剣メインなエルフも普通に多いけどねー」

「あんまりイメージでカチコチなのも良くないですよぉー、ライラックくん?」


「うるさいやつらだな。文句があるなら斧でも使って穴掘ってろ」

「はいドワ差別ー、コテコテのエルフかな? マイにいいつけてやろっと」

「あいつは海ドワだからいいんだよ! 喋ってないで撃てって!」


「撃ってる撃ってるー。海エルとか山エルとかはいないのかな?」

「山エルって、山はだいたい森があるんだから、ほとんど森エルじゃん。それデフォエルだよ」

「街エルならそこそこいるよ、てか私らがそうだ」

「お洒落さんだね私ら」


「こいつらマジうるせえ……」


 エルフ隊は10人のうち女性が7人である。

 数少ない男性のライラックはこのように割と肩身の狭い思いをしているのであった。




 丘を駆け、長い距離を突撃してきたラルジャーレ軍。

 その動きを眺めながら、タイミングを見計らっていたカナが指示を出す。


「頃合いですね。やっちゃってください、マイ」

「ああ、頃合いだ。十分に引き付けた。――あいさつをくれてやれ!」


 マイの手が振りかざされた。


 とうに弓の射程を超えて近づいたことで、敵兵は――油断していた。

 自分たちには弓を撃たれなかったことで、前方のカナたちは射撃武器を持っていないと思い込んでいたのだ。


 彼らの無防備な身体に、クロスボウのボルトが突き刺さる。

 十分に狙いをつけ余裕を持った距離まで誘いこんだことで、その戦果は多大なものとなった。


「弓!? ……いや、クロスボウッ!」

「そんな、だって槍を持って……!」


 槍を構える者たちに隠れてキラリと光る鉄の輝き。

 マイリーズ隊が得意とする長槍兵とクロスボウ兵の混成陣である。


「射撃の間隔を開けろ。丁寧にわかりやすく、撃つまでのカウントをしてやるんだぞ?」


 マイの指令が発せられ、クロスボウ兵がカウントをはじめた。


 5.4.3.2.1……。

 カウントの終わりにクロスボウが放たれる。

 射出されたボルトが突き刺さり、前線にいた敵兵たちが次々に倒れ伏す。


「うむうむ、重たい鎧で丘を駆け登るのは大変だろぉ? 楽にしてやるよ、ゆっくり休め」

「マイちゃん、悪役みたいな言い方……」


 やや怖さのあるマイの口調を後ろで聞いていたイブは呆れながら目を細めた。


 5.4.3.2.1……。

 ボルトがたやすく鎧を貫き、彼らの仲間が苦悶の声をあげる。


「い、嫌だ……」


 5.4.3……、カウントが進められる。


「ひっ」


 彼らの心に、恐怖が刻まれる。

 カウントが終われば、誰かが倒れる。

 ならば勇気を振り絞って敵に突っ込み、白兵戦に持ち込めば。

 ――そうした考えは次の瞬間に吹き飛んだ。


「よーし! 長槍、構え!」


 マイの指揮によって長槍が突きつけられる。

 彼らラルジャーレ軍が持つ武器よりも遥かに長いその槍。

 ――つまり長槍の群れをかいくぐり、クロスボウのボルトをかいくぐり、そのうえで敵を倒さなければならないのだと。


 そう考えたとき、頭によぎってしまうことは無理もない。

 自分ひとりができたとしても、他の者がついてくるだろうか?

 無茶をしても大して得はないのだし、自分の命の方が大切なのではなかろうか?

 やり過ごしていればいつか助かるときがくる――、そんなことがよぎってしまうのが人というものだ。


「か、神様……。お助けを……」


 神に祈りを捧げて。

 撃たれにくいように地に伏せて。


 5.4.3.2.1……。

 祈る、祈る。

 自分に刺さらないことを、この地獄が早く過ぎ去ることを。


 ドサッ、と誰かが倒れた音がした。


 軍の強さとは数の強さ。

 数の強さとは、数がそろってこその強さである。

 勇気ある誰かが突っ込んでくれるからこそ、彼らは戦えるのだ。


 頼れる将軍など、精神的な支柱がそこにいればあるいは違ったのかもしれない。


 しかし、彼らのそばに将はいなかった。

 心を支えられずして、誰が好んで死地を駆けるだろうか。

 信念をもって命をかけるべき場所でもないというのに――。

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