35.2話

 勢いよく近づいてきた敵の位置を確認し、カナが口を開いた。


「良いころ合いですね。ライラック隊に指示をお願いします」

「そう言うだろうと思ってね、もうしてあるよ」

「さすが団長、経験豊富です」


 指揮官であるカナのサポートに徹しているオーリエールがにやりと笑う。

 この程度のタイミングの見極めは歴戦の指揮官にしてみればたやすいことだ。


 ノワイヤ平原のすぐ西にある森の中。

 合図を送られたライラックは木の上に立ち、丘を駆け登る敵を見下ろしている。


「森に隠れて弓を撃てなんて、エルフってものがわかってるじゃねえか、あいつ。位置取りも完璧だ」


 本隊からの指示がきたことで、ライラックが手をかざす。

 その横に並ぶのは部隊長のライラックが率いる弓隊の中でも、エルフだけを集めた特別隊であった。


「まさかのいきなり指揮官で、どうなるのかと不安でしたけど、カナちゃんやりますねー」

「おい、魔族だぞ。かわいいけど」

「でもかわいいし、いい子だよ」

「普通に協調的だしね。ああいう魔族もいるんだね」


 このエルフらは、ほとんどがライラックと故郷を同じくする者たちだ。

 そして同じく魔族に故郷を滅ぼされた者たちでもあった。

 魔族だとわかった当初はカナを嫌っていたのだが、接するうちにその警戒は取れていった。

 エルフといえども子供なのが良い方に働いたのだろう。

 周囲の環境からの影響もあって柔軟な対応を示したのである。


「……俺、お前らのために悪者になったのにそれかよ」

「部隊長のおかげで気づけたってことにしましょ」


 ころっと態度をかえた同胞たちに、代表として怒りをまき散らしたライラックはため息をついた。

 なにしろ当のカナ本人はお気楽で話しやすく無害そうな美少女である。

 以前の会議で嫌われ役になっただけ馬鹿をみたというわけだ。


「いいからさっさと撃て! 敵がクソまぬけのボンクラだからって俺たちまで合わせなくていいんだよ!」

「ア、クー! 全てたる“精霊神ケルズ”に誓って!」


 エルフ語の掛け声とともに、次々と矢が放たれる。

 次々に次々に、わずか10名のエルフによる高速射撃が敵に降り注いだ。

 その狙いは、足の止まった敵の弓兵。

 側面を突かれ、油断していたラルジャーレ軍の弓兵は一気に混乱に陥った。




「閣下、弓兵が止まったことで集中的に撃たれております」


 副官にそう言われ、ラルジャーレが驚き叫んだ。


「ぬわにぃ!?」

「左手の森からですね。伏兵のようです」


 ラルジャーレは頭の中で先ほどの言い訳をめぐらせていて戦場をろくに見ていなかったのだが、彼はその意味も含めてこう口にした。


「おのれ、卑怯な……!」

(卑怯か?)


 頭が痛くなったが、まだ負けたわけではないと副官は気を取り直す。

 たとえ上官がどれだけ愚かであっても、数はラルジャーレの軍の方が遥かに上なのだし、戦うのは兵なのだ。

 ――そう、考えていた。


 戦局を動かす、カナの次なる一手を見るまでは。

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