第38話 日常からの急転

 ノワイヤ平原の朝を迎え、マイに誘われたカナは手合わせをおこなっていた。


 カナが突きを放てば、マイは巧妙に角度を変え、杖が接触した瞬間に左手の盾で滑らせるようにして受け流す。

 受け流しながらも力を加え、カナの態勢を崩しにかかると同時に右手の盾を使って、クロスボウのボルトを放つ。

 カナは流れに逆らわず、そのままくるりと回りながら宙に飛んでボルトを避けて、マイに向かって斜めに杖を振り下ろす。

 瞬時に角度を計算したマイは左手の盾を動かして、カナの一撃を逸らしきった。


 即座に右手の盾の先端から刃を突き出し、えぐるように振りかぶるが、カナは先の一撃の遠心力をそのまま生かし杖で刃を巻き込むように絡めとろうとし――、杖が触れる前に刃が盾へと引き戻される。

 そのまま杖と盾が交差して、その力の流れを利用したカナがくるりくるりと宙を舞い――、まっすぐに突き立てた杖の先端に着地した。


「うむ。朝の鍛錬はこんなものか。カナとやるのは面白いな」

「マイのほうこそ。面白い盾ですねー、それ」


 マイとカナによる鍛錬が終わり、互いに満足したように微笑みあう。

 どちらも余力を十分に残しながらのハイレベルな攻防であった。


「だろー? でも、あまり実験の機会がなくてな。婆さんたち大人連中は忙しいし、他の奴らに怪我させちゃまずいし、かといってセミ姉とやるとぶっ壊されるからなー、盾が」

「パワフルですねぇ、セミナリアさん」


 と、過去の経験をしみじみと語るマイ。


 オーリエール傭兵団の訓練は、全体訓練、部隊訓練、個人訓練の3つに分かれている。

 全体は傭兵団全体の連携など、部隊はマイリーズ隊などの部隊ごとの訓練、個人ではそれぞれの個人技術を訓練する時間であり、個人訓練は教師役の者から技術を学ぶ機会でもあるのだ。

 経験豊富で数少ない大人たちはそれぞれが授業を受けもっているし、傭兵団の運営の仕事などにも携わっているので、マイのような特殊な技術を実験したがっている者の面倒をみるのは難しい。

 

 そのなかで副団長のセミナリアは子供と大人の中間あたりの立ち位置であり、授業を受け持っていない立場なのだが……。

 それは教えることと手加減が苦手という欠点も併せ持っているからなのだ。

 訓練なのにマイの盾を壊したという実績からもそれをうかがい知ることができる。


「カナはスマートで助かる。技術も参考になるしな」

「いえいえ、マイの受け流しこそお見事でしたよ」


 マイの言葉に心からの賛辞で返すカナ。

 技術体系こそ違うが、マイの盾の技術はカナの操る“流水の型”に通じるもの。

 ただ防ぐのではなく、力の流れを逸らすとともに相手を崩しにかかるという攻防一体の見事な技だ。

 盾の技というのはカナにとって初体験であるしギミックだらけの盾は新鮮そのもの、面白さの塊なのである。


 そこへ、ふらふらとした足取りでイブがやってきた。


「ふゎ~ぁ、ねむねむ……。朝っぱらから異次元な動きしとるにゃー。ぐっもーにん、カナちゃんマイちゃん。お元気お元気? ってそんな激しい運動しててお元気じゃなかったらイブちゃんとか病死寸前になっちゃうにゃん!」


 イブは言葉を連続で続けながらも、内容にあわせて奇怪な動きをみせていく。

 そんな不思議な踊りをみたマイが感想をこぼした。


「頭は病死寸前だからあってるな」

「生きてますし! 生命力に満ちあふれまくってるピッチピチピーチな美少女ですし!」

「満ちあふれすぎて毒素になってそうですね。ご機嫌よう、イブさん」


 続けて現れたのはロロであった。

 馬の背に寝転びながら起用に移動をしている。

 ある意味、騎乗の技術はカナなどよりも上なのかもしれない。


「もーにんもーにん、ロロちゃん。毒を転じて薬と成すのがイブちゃんなのですだよ。つまりはヒーリング! あいむひーりん! 私は癒しだ!」

「今日もうざ……、お元気でなによりです」


 イブにそう返したあと、ロロは馬に乗ったまま顔だけカナの方を向く。


「良い朝ですね、カナ姉様。グランマの人が呼んでいますよ」

「ほいほいー了解だよ、ロロ」


 カナは答えながら、ロロが乗っている馬を引いて団長のテントへと歩き出した。


「そういえば、その馬の名前つけてあげた?」


 ふと、馬の名前を決めていないことを思い出す。

 鹿毛のこの軍馬は、拾いもののような馬とはいえ、普段からロロを乗せて共に旅する仲間なのだ。

 個体名ぐらいはあってもいいのでは、とロロがしばらく考え続けていたのである。


「ほうほう、ステッキーなネーミン考えちゃったかい? 聞かせてトーキン?」


 珍妙な言葉遣いで、続きをうながすイブ。

 それに答えたわけではないだろうが、ロロが少しだけ自慢げに口を開く。


「はい、ウマという名でいかがでしょう」

「そのままだね……」

「雑すぎぃ! それ個体名として紛らわしすぎだからね!?」


 あまりに率直なネーミングだった。

 思わずイブが叫んでしまったのも無理はない。


「では、ウシにしますか?」

「もはや馬ですら!?」

「まだウマのほうがわかりやすいな……、すごいネーミングセンスだ」


 そういって、マイも微妙そうな表情をみせる。

 しかしロロは無表情に喜んだ。


「褒められました。シンプルさの勝利ですね」

「褒めたのかな……」


 カナが疑問の言葉をこぼしつつ、ロロと一緒に団長のテントへと向かった。

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