38.1話
到着するなり、オーリエールから用件を告げられる。
「カナ、これからもアンタが指揮をしな」
「それは構いませんが、……いいんですか?」
被害なく勝利をしたとはいえ、内容が良すぎたのは相手に恵まれてのことと、カナは考えていた。
それにカナが指揮を執るのは一次的なもの、と考えていた者はカナだけではないだろう。
まさか今後とも指揮を一任するとは思ってもみない指示であった。
ロロがティーカップに紅茶を注ぐ。
以前にイストリア吟遊店で買った茶葉だ。
普段は馬の背に乗って寝そべっているロロだが、さすがに紅茶を淹れるときは降りてくる。
3つのティーカップがそれぞれのもとに置かれ、まずオーリエールが口をつけた。
「昨日の相手が弱すぎたとはいえ、指揮に大きな問題はなかった。うまくやったと言っていいだろう。だいたいアタシは指揮なんかやりたくてやってるわけじゃないんだ、任せられるやつがいるならその方がいい」
ティーカップをテーブルに置きながら、オーリエールが渋い顔でそう口にした。
軽量な木材が使われた組み立て式テーブルは、この傭兵団でよく使われるものだ。
こうした物は矢や食糧、医療品などの物資と共に数台の荷馬車で運ばれている。
この荷馬車隊は戦時には後方に置かれ、傭兵団の拠点としての役目を担うもの。
この他にも物資の仕入れ自体を担当する大規模な補給部隊があって、そちらは現在アンデ城付近で活動中である。
「ふむ。……フレンツさんやデクランさん、セミナリアさんはどうなのです?」
「オジサンはやりたくないねえ。向いてないんだ」
テントの奥の方で寝転びながら、フレンツが返答する。
「そこのやる気のない中年は聞いての通りだし、デクランもセミナリアも前線の方があってるとさ。逆にアンタは前線じゃなくていいのかい?」
「うーん、どちらかというと皆さんが頑張ってる姿を見ている方が楽しいですね。もちろん必要があれば出向きます」
「そうかい。人それぞれ好みは異なるってわけだね。――ああ、指揮は任せるが、大局の判断に関してはアタシの役割だ。それと決めごとだけ守ってくれればいい」
「大局というと、……戦うか逃げるかの選択ですか。決めごととは?」
「なるべく子供たちを生かすように戦ってくれってことさ。甘やかさず殺さず、この傭兵団の大方針だね」
「――はい、了解ですとも」
もちろん、カナも異存はない。
指揮を任されるとき以外はいつもどおりというだけのことだ。
と、そこへセミナリアが現れて、ちょうどいいとばかりにオーリエールが指示を付け足した。
「いいタイミングだ、手間が省ける。カナ、戦場で何かあったらセミナリアに相談しとくれ。アタシは治療隊を監督しなくちゃならんからね」
「ああ、先ほどのお話ですか。お任せを、グランマ」
飲み終わったティーカップが係の子によって箱へと片づけられた。
こうしたものは洗浄を得意とする者がまとめて洗うことになっていて、洗浄に用いられるのはイブが錬金術で作った薬品であったりする。
「お前はやはり引き受けたか、カナ。私個人は指揮をしたいとは思わないが、補佐ぐらいは努めよう。よろしく頼むぞ、カナ」
「こちらこそです、セミナリアさん」
互いに握手を交わし、カナはニコリと笑った。
そのとなりで、馬に乗ってそのまま横になったロロの姿に、オーリエールが呆れながらつぶやく。
「しかし、……馬の上で寝るとは起用だねぇ、ロロ」
「“魂糸”を使っておりますから。だらけるためには全力です」
「逆に疲れないかい、それ?」
簡易的な打ち合わせを終えて、カナとロロは団長のテントを離れた。
朝食の良い匂いがただよってくる。
塩漬けの牛肉を焼いているのだろう。
「カナ姉様、朝食が終われば出発です。今のうちにロロを愛でておくといいですよ」
「馬をひいてるし、ロロが馬の上で寝転がってるからなでにくいんだけど」
と、他愛もない会話をして、ロロが馬から降りる。
妹の要求どおりに頭をなでてから、付近に馬を繋いで食事へと向かった。
今朝の料理当番には見知った顔がいた。
最初の訓練のときに声をかけてきたふたりの少女、アンナとエレーヌだ。
あれ以来、あまり顔をあわせる機会もなかったが、元気にしているらしい。
カナが手を振ると、ふたりはそれに応えて手を振り返す。
牛肉のほかに、レンズ豆のスープとヤギのチーズが今日の朝食であった。
行軍を再開してしばらくの時間が経過した。
すでに昼過ぎ、西の森は途切れることなく大差のない風景が続いている。
「トゥロネの街の援軍に行くのでしたよね」
傭兵団の先頭にいるカナは、並んで立つオーリエールに確認した。
トゥロネの街は西の森の反対側に位置しており、どこかで森を超えなくてはならない。
「ああ、そうさ。街を防衛しているアンデ侯爵を助けるのが次のお役目だよ。さっき斥候を放ったから少し待機になるね」
オーリエールの言う通り、現在は行軍を止めて待機中であった。
森の中となれば視界が狭いのは言うまでもなく、敵味方のどちらにとっても奇襲しやすい場所だ。
敵が街を囲んでいるのであれば、森の出口付近にもいるかもしれないし、森の中に潜んでいることも考えられるだろう。
また、このあたりは魔物が生息する場所である。
多少ならばともかく、規模の大きい群れとぶつかれば戦争の前に余計な消耗をする羽目になるのだ。
「となると、また敵の背後から強襲でしょうかね」
「撤退戦の
「なるほどなるほど」
オーリエールの語った内容にカナも頷いた。
ある程度敵を削ったら本命の場所に誘いこむ、というのは十分に考えられる話だ。
――と、そこでカナは意識の中の静かな声に呼び出された。
『……カナ』
『……うん? ……これは』
クローゲンが短く名を呼ぶと、すぐにカナも異変を感じ取る。
気配が近づいている。
魔物ではなく、人の気配。
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