18.1話

「ああ、今度は反対側ですか。ふむ、少し離れていますね」


 杖の上から眺めていたカナが、戦場中央寄りの位置に味方の劣勢を発見した。

 あと少しで死者が出かねない状況だ。

 今から行くよりは確実な方を、とカナは判断し、くるりと下に降りて杖を握る。


「水さんこちら、刃の鳴る方へ~、っと」


 歌のようなその言葉に従い、カナの周りに水が浮き出す。

 いくつもの不定形の水の塊だ。

 そこに杖を差し込むと、水は吸い付くように杖の先端を高速で周りだし――。


「――スイゲン流、スイテキ」


 ほんの少しだけ、しかしすさまじい勢いで杖を前にねじり打つ。

 水は超高速の弾となって打ち出され、目標の敵兵の身体を打ち抜いた。


 カナが操る流派のうちのひとつ、スイゲン流兵法。

 クローゲンから受け継いだホーゲン流兵法とは別に、スイゲン流はカナが父より習っていた元々の流派である。


 刀のみに及ばず、槍や弓馬から組討に至るまでを網羅する総合戦闘術で、個性的なのはそこに自然の力を操るすべも含まれる点だ。

 火や雷、土に風など、様々な属性の武技があるのだが、これは使い手の特性に依存するもので、カナの場合は水の力しか操ることはできない。


「二滴で事足りましたか。では残りは予備に致しましょう」


 水を宙に浮かべ、カナはニコリと笑う。

 水はそのままカナの左手へと向かい、腕輪のようにまとわりつく。


 それをみていたイブが目をキラキラと輝かせ、食いついてきた。


「おおっとぉ!? カナちゃん、何それ、何それ? 魔術剣士みたいな感じ?…… ほい、治療おっけー。そこのユーあなた、これ運んどいてー」


「んー、似たような感じではありますね。精霊剣士、の方が近いかもしれませんが」


 厳密には鬼の力によって操っているので精霊というわけではないのだが、精霊術と似た面があるのは確かであった。

 一口に鬼と言っても、力自慢の典型的な鬼もいれば、火や土などを操る鬼もいるのだ。

 これらの術は“鬼道キドー”と言い、鬼の最上位種たる“魂喰鬼パンニャ”も当然この術を操ることができる。


「ほほーう、興味津々ですよお姉さんはー? ……あ、ミルカっち、おかえりー。今カナちゃんが助けたあっちの離れたとこの子、連れてきて?」


「はぁ、はぁ、カナさん凄い、って、落ち着いて、見ることもできま、せんね……」


 すぐ近くまできていたのだろう、ミルカが負傷者を運び終えて戻ってきた。

 そのまま治療し終わった者を背負ってふたたび奥へと消えていく。


 味方に被害を出さない、というだけならカナが突撃して敵の領主を押さえてしまうのが早いのだろう。

 だが、オーリエールの方針は実戦経験を積ませ、鍛えながら極力被害を減らすことであり、カナ自身も与えられた役目を大きく逸脱するようなことは望まなかった。

 カナには自身が活躍したいという願望はなく、むしろ他の者たちの活躍をこそ楽しんでいたからだ。


「……おやおや。そうきましたか」


 再び杖の上に乗って周囲を眺めていたカナの目が、自軍から逃げ出すように走り去る騎士たちの姿をとらえ――楽しそうに微笑んだ。

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