34.3話

「これは陛下。我らに何か御用ですか」


 宰相がルイシャルル8世の方を向いて一礼をする。


「はぁ……」


 一方で、ため息をつくブルタニア侯爵はうんざりした顔を隠さない。

 他の領主らの多くも口には出さないが同じ気持ちであった。

 自身らの利権のためにルイシャルル8世を支持してはいるものの、この短慮で身勝手な王を好いているわけではない。


 王党派といっても、単に多数派であるというだけで所属している者も多くいる。


 突如として、前王がルイシャルル8世を指名したこと。

 前王の后ローリエの出自が商人の国クレメンス連合の出身であるという問題や、本来継ぐべき王子がまだ若いということ。

、大貴族の宰相ギール公爵やルグドゥ公爵がルイシャルル8世を支持したこと。

 王太后ローリエが継承権をルイシャルル8世に譲るという決断を下したこと。


 様々な要素が絡み合い、そうした流れになったのだからすでに大勢は決している。

 流れに逆らうよりも、新たな支配者たちに取り入って甘い汁を吸った方が無難なのだ。


 好き嫌いの話でいえば、そもそもどんな人物なのか把握さえしていなかった貴族も少なくない。

 なにしろルイシャルル8世は先々代の父王に疎まれ、前王の時代は部屋に引きこもって社交界に出てこない存在であったのだから。


「おう、宰相! やっとるか!」

「はい、何事もなく。万事、計画通りに」

「ブフぁー。おぅおぅ、そうかぁ、そうかぁ」


 ルイシャルル8世は報告をうけて上機嫌そうに笑みを浮かべていたが――。


「それなら、――はよう逆らう者どもを皆殺しにしろぉ!」


 すぐにその表情は一変し、ルイシャルル8世が怒鳴りだしたのであった。

 しかし領主らは王を恐れるどころか、冷ややかな視線を返している。


「この無能ども、返事はどうしたぁ!」


「……いやはや、あんな無様な豚面さらしてよく吠えられますなぁ。国王陛下ともなれば面の皮も厚いようだ」

「ぶ、豚じゃと!? ブルタニア侯、いくら王族とはいえその口の利き方は……っ!」


 そのなかで、領主らの総意を代弁するかのようにブルタニア侯爵が面と向かって王を罵った。

 これはもちろんパーティーで晒した醜態のことだ。

 思わぬ反撃を受けて、王は驚きとともに怒鳴ろうとするが、その前にブルタニア侯爵の的確な指摘がさく裂する。


「あんたのせいで王国の威信が地に堕ちてんだよ。あんな王では自分の領地や権利は守れないって貴族どもに危機感もたれてんの。そこのとこ、わかって下さいます? ねぇ、国王陛下サマよ?」


「な、な、なんたる不敬な! 余のために尽くすが貴族の勤めであろうが!」


 ルイシャルル8世がうろたえながらも怒鳴り返すと、ブルタニア侯爵は、やれやれ、と手のひらを返した。

 本心ではルイシャルル8性は怒りに任せて殴りかかりたいところであったが、昔からブルタニア侯爵に本能的な怖さを感じていてあまり強く出ることができない。


 さらにプロスコート女侯が冷たく言葉を放つ。


「ふぅ……。王も貴族も持ちつ持たれつ。王が庇護してくださるからこそ貴族も王に尽くすのです。その王が頼れぬ姿をみせては信頼も揺らごうというもの。陛下、今のあなたに何の価値があると言うのです?」


「……こ、この、この! どぉクサレ売女がァァぁ! ……う、ぐぅほ」


 汚物をみるような目で射ぬかれ一瞬ひるんだが、女が逆らったという怒りがルイシャルル8世を激昂させる。

 しかし、あまりに急激に沸騰したので、咳きこんでしまった。


「へ、陛下!?」


 ルイシャルル8世の背後に控えていた使用人らが、王の様子をみて慌てて声をかける。

 別に心のなかでは心配などしていないのだが、無視していればあとあと怒りを買うかもしれないという仕事上の保身からくるものだ。


 混沌としてきた状況のなか、豪快な笑い声が響き渡る。


「ふははは! お可哀そうに、そう責めるでない。こうみえて陛下は臆病な御方でいまも強がっておられるのだ。ご安心下さい、すべてこの私にお任せを」


「げぇほげほ……、はぁはぁ。そ、そうか? ああ、ルグドゥ公はさすが頼りになるな……」


「めっちゃ馬鹿にされてるけど、いいのかねぇ……? なあ、宰相殿。才能至上主義者であるあんたが、なんでアレを支持したんだ? そりゃあ、商人出の女の血が混ざった未成年のガキなどは論外だが。それなら俺で良かっただろ」


 王とルグドゥ公爵の茶番のようなやり取りをみながら、ブルタニア侯爵があきれ顔でつぶやいた。

 彼もまた王家の血を受け継ぐ者であり、継承順位がやや低いとはいえ王位継承権を持っている。


 話をふられた宰相は、ブルタニア侯爵を鋭い視線でじっと見つめる。


「――ほぅ」

「な、なんだよ」


「いや。ルイシャルル8世陛下の才能を私は高く評価している」


 宰相は視線をルイシャルル8世へと向け、そう本人に聞こえるように声量をあげた。


「ほ、本当か、宰相! いや、そうであろう、そうであろう!」


 領主らの冷たい視線を浴びて気圧されていたルイシャルル8世は、宰相の評価を救いの声のように喜んだ。


「ええ。ですからご安心してお戻りを。領主には領主の、王には王の責務がございます。このような些事では、王はただ玉座にお座りいただければ良いのです」

「あ、ああ。そうだな、儂……いや、余も忙しい身だからな。お、王の責務を果たさんとな。……おう、そうじゃ! 聖女とかいうあの反逆者と金髪のメスガキを早く用意せいよ! グゥフフ、王の責務があるからのう!」


「……ええ、楽しみにお待ちください」


 大はしゃぎでつけあがり、女の要求まで置いていくルイシャルル8世。

 静かに笑みをたたえる宰相。

 肉を弾ませ踊るように部屋を出る姿に、一同は失笑せざるを得なかった。

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