34.4話

「ふぅ、下種が……」


 吐き捨てるように宰相がつぶやきを漏らしたことに気づいたのは近くにいた者たちだけであった。

 そのうちのひとり、ブルタニア侯爵が嫌らしく笑って問いかける。


「で、本心は?」

「心からそう思っているよ、ブルタニア侯。陛下には稀有な才能がおありだ。ちょうど局面に合った、都合のいい道具としての才能がな」


 つまるところ、王は傀儡としての役割を求められているのであって、王自身のことなどどうでもいいというわけなのだ。

 これはこの場に集まった領主らの隠しきれぬ総意でもあったろう。


 満足できる話を聞き、意地悪な笑みをたずさえ、ブルタニア侯爵なりに宰相を褒めちぎった。


「はっ! やっぱあんたは外道だな、宰相殿! 怖ぇ怖ぇ」

「貴公ほどではない。ルグドゥ公ほどでもな」

「そう褒めるなギール公。照れくさくて、暴れたくなる」


 口角を吊り上げ、ルグドゥ公爵も悪人のような笑みを浮かべる。

 その様子を周囲の貴族らが恐ろしげに見つめるなか、割って入ったのはプロスコート女侯であった。


「そのようなことはどうでもいいのです。結局、反乱軍への対処はどうなさるおつもり?」


「――各領主の奮闘に期待する、といったところだな。隣国キィラウアの動向が落ち着かなければ我が軍は動けんし、王党派の領主に命じて大規模な作戦を起こすには予算が足りぬ。幸いにして敵軍も同じように大規模な徒党は組めていないのだから、各々が各個で勝利を狙いつつ時間を稼げ。案ずるな、領地の件は王に話をつけておくし、――秘策はある」


 自信ありげに宰相が断言したことで、周囲の者らが歓声をあげる。

 前王の時代より辣腕を振るってきた宰相に対する貴族の信頼は厚い。

 公爵の地位とともに大貴族となったのも、その手腕に報いる褒美として前王が与えたものなのだ。


「ああ、奮闘してやる。俺が各地の支援に回ろう。なぁに、ギール公の出番はないかもなぁ?」

「そうであることを願おう、ルグドゥ公」


 宰相とそうしたやり取りをしてから、ルグドゥ公爵が会議室の扉へと向かう。

 その背後から、宰相が言葉をかけた。


「――願おうとも。聖女に足をすくわれぬことを。いや、――悪魔に、かな」

「――すくうのは私だ。聖女であれ悪魔であれ盟約であれ、な」


 わかる者にしかわからない言葉の応酬。

 互いに視線を交わし、ルグドゥ公爵は去っていった。


 領主会議はお開きとなり、それぞれが自分の領地へと戻っていく。

 その中で、宰相はプロスコート女侯だけに合図を送って無言のまま宰相の執務室へと通し、手振りで人払いを行った。


 ふたりだけとなってから、プロスコート女侯が疑問をぶつける。


「御用がおありなのでしょうけれど、まず質問をさせていただけますか。聖女だの悪魔だの、ルグドゥ公爵と何の話を? わざわざ私だけ残したことと関係していらっしゃるの?」

「プロスコート女侯、まずは謝罪しよう。後手になってしまって申し訳ない」


 深々と頭を下げる宰相に、プロスコート女侯は驚いた。

 宰相のこのような姿はみたことがなかったからだ。


「……だから、何の話ですか?」

「この国は、根腐れしすぎている、ということだ」

「ええ、そうでしょうけど……?」


 話がみえないまま、プロスコート女侯は困惑する。

 しかし、宰相の言葉によって、その表情は真剣なものへと変わらざるを得なかった。


「あなたにはやってもらわねばならないことがある。事は急を要するのだ。女侯の信条にはそぐわないだろうがな」

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