34.2話

「そんなわけねえ、……ハぁん? え、あんたが?」

「そうだと言っている。何か驚くことがあったか」


 ルグドゥ公爵は悪びれぬどころか自信満々の笑みを浮かべる。

 その態度をみて、プロスコート女侯がいぶかしげに詰問した。


「どういうつもりなのです? 脳に豚のエキスでも回ったのですか?」


「なに、国王陛下のお怒りが収まらんからな。大変に面白いお姿……、いや、ぶざまな醜態を晒しているお可哀そうな陛下に、おとしめられた権威を取り戻す方法を教えてやっただけよ。やれとは言っていない。決断はあくまで陛下の御心によるものだ」


「なあ、それ言い直す必要あったか? むしろ余計馬鹿にしてないか?」

「こんな悪意の塊が取り巻きだなんて、豚くんもかわいそうだこと」


「ははは、まったく同感だな。プロスコート女侯」

「同感ではありません。あなたが何とかしてくださるの、ルグドゥ公?」


 そう言いながら、プロスコート女侯はちらりと視線をティエンヌ伯爵の方へとうつす。

 ティエンヌ伯爵はルグドゥ公爵領の一部であるティエンヌの地を与えられている領主だ。

 ルグドゥ公爵家に従属する立場にあり、領主ではあるものの事実上の配下である。

 その彼がまったく動じていない様子をみて、プロスコート女侯は彼らルグドゥ公爵に従う領主にはすでに周知のことであると確信した。

 つまり、大がかりな用意をするだけの何らかの計画があって王を利用したのだろう、と。


「ルグドゥ公だけが原因とも言えん。国内の教会からもそうした熱が高まっているし、最終的に抑えることができなかった私の責任でもあるだろう」


 宰相がそう言うと、汗をかきながらミッシェル枢機卿が弱ったような表情でうつむいた。


「申し訳ありません、兄上。ボダンやつめが暴走気味でありまして……」

「仕方ないこともあろう、ミッシェル。人の心はままならんものだ。私も、お前も、他の者らもな」


 そう言った宰相は目を伏せて小さく首を振る。


「なあに心配するな。無論、私も責任をもって全力で取り組む。そこは期待してくれていい」


 その横から、力強い声で宣言したのはルグドゥ公爵。

 自身がしでかしたことであったにも関わらず彼が周囲を納得させられたのは、ひとえに強き者の魅力をもつ男であったからにほかならない。


「言いたいことはあるが……、どうせいつかは潰し合うことになってたんだから、今更ぐずぐず言っててもしょうがない。俺も戦争は楽しみだしなぁ!」


 好戦的な笑みを浮かべ、ブルタニア侯爵も追随する。


 主要なふたりの方向性が決まったところで、会議に参加していた他の領主らが一斉に賛同の声をあげた。

 一部、わずかな例外を除いて――。


「私は知りませんよ」


 そのうちのひとりがプロスコート女侯であった。

 王党派に属してはいるが、彼女は平和を好み内政に専念したがるタイプの領主である。

 元より戦線から離れていることもあって、内戦自体に関心が薄いのだ。


「ああ、女侯は何もしなくていい。すべて私に任せておけ」


 その言葉を、ルグドゥ公爵は手のひらをみせながら受け止める。

 

 そしてもうひとり、例外が声をあげる。


「では、儂もお言葉に甘えましょうかな」


 ここまでひと言も発言しなかった老人がゆっくりとそう言った。

 生気のないその声によって周囲が静けさに包まれる。


「……エイギス伯」


 宰相の目が細められた。

 エイギス伯爵は領主の中でも最長老となる老人で、ガルフリート南方の地エイギスを治めている。

 こうした集まりには滅多に参加しない老人で発言をすることも珍しい。


「もとより我が領地は最南端の山岳地帯、辺境の僻地であります。軍も動かしづらく足手まといにしかなりませぬ」

「……こたびは動かぬと?」

「皆々様次第ではありますが、そう願っております。魔族どもを抑えておかねばなりませぬしな」


 エイギス伯爵領は魔族が住む未開領域と隣接している領地である。

 ガルフリート王国の中でも特に危険な領地として知られ、エイギスの西に位置するギール公爵領とともに魔物への抑えとしての役割を担っているのであった。


「……だといいがな」


 正当な理由なので反対しようもないし、宰相としてもむしろ動いてほしくはない。

 どちらもそれ以上の発言をしなかったことで場が静まり返ったところに、思いもよらない人物が騒々しくもやってきた。


「どぉれ、ここかぁ!」


 ガルフリート王ルイシャルル8世が豚のような身体を弾ませながら登場したのだ。

 なぜかよく出た腹を強調するようなピッチリした服を着ているが、着付けの担当者が面白がって先鋭的なデザインを採用したのだろう。

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