34.1話

 しかし、さらに別の方面から話に乱入するものがいた。

 若々しく力強い声があがる。


「何、そのようなもの反乱軍から奪ってしまえばいいのよ」


 ブルタニア侯爵。

 整った顔立ちの中に隠しきれない獰猛さがにじんでいるこの男は、列席者のなかで最も若い男性であり、ガルフリート王家の血を引く者である。

 その声によって、苦々しい表情をしていたミッシェル枢機卿のしわがさらに深くなった。


「ブルタニア侯、それは……」

「金も領地ももぎ取ってしまえば、あとはどうとでもなる。報告など適当にしておけばいい。俺も、あの目ざわりなアンデ侯を直接叩き潰せるのだから楽しみでたまらん。なあ、宰相殿よ?」


 大きく口元を歪め、ブルタニア侯爵が宰相の方を向く。

 それに対する答えは口にせず、宰相は目を伏せる。


 すると、さらにブルタニア侯爵が言葉を重ねた。


「カライス伯もやろうとしていたことであろう。敗れたとはいえ、あの迅速さと利への嗅覚は見習うべきものだ」

「しかし、それでは……」


 戦乱に適応する若き領主の言葉に、ミッシェル枢機卿はつぶやきを返すしかできなかった。

 曲がりなりにも世の乱れを嫌う秩序の信徒であり、これまでの常識がこびりついていることもある。

 だが何より、宰相――兄であるギール公爵ピエールの権力を守ることこそが枢機卿としての彼の処世術だ。

 兄の庇護がなくなれば枢機卿の座を守ることも危ぶまれるのだから、体制を崩しかねない不穏な要素には過敏なのであった。


 それぞれの思惑のなかで、宰相がゆっくりと目を開いてブルタニア侯爵を向いた。


「望ましいことではないが、必要があればやむを得ん」

「だとさ。宰相殿は話が早くていい。才能至上主義を公言するだけはある」


 そういいながら、ブルタニア侯爵がミッシェル枢機卿の方を向いて手のひらを返した。

 その態度にイラだちを覚えたが、兄の承認がある以上は返す言葉もない。

 ミッシェル枢機卿は苦虫をかみつぶしたような顔で苦言をもらした。


「ぬぅ……、せめて秩序を乱さぬように節度を守っていただきたい」

「枢機卿のおじさんは時代遅れなことで。あんたもどうせ自分とこの利益が目当てなんだろ? いまさら良い子ぶるなんてね」

「なっ……」


 波風を立てぬよう、ぐっとこらえたにも関わらずブルタニア侯爵にこのようなことを言われ、ミッシェル枢機卿は驚きのあまり閉口する。

 少し間を開けて怒りの感情が押し寄せてきたのだが、それをぶつける前に宰相が場をとりなした。


「ブルタニア侯よ、枢機卿にも聖職者としての立場があるのだ。あまり言うものではない」

「はいはい、この辺にしておきますとも。宰相殿の弟さんと揉めるつもりはないからさ。まったく、ゼナー教徒ってのはお堅くていらっしゃる」

「くっ……、若造が……ッ」


 矛を収めてまで無礼なブルタニア侯爵に、ミッシェル枢機卿はいら立ちをにじませる。

 しかし、兄の手前もあってこれ以上は我慢するほかなかった。


 その様子を観察していたプロスコート女侯が眉をひそめて口を挟む。


「くだらない話はいいから先にすすめてくれません? 予算もなしに見切り発車でおとなしくしていた領主らを反乱軍扱いして、どうされるつもりなのですか? 宰相殿ともあろうお方がなぜそのような暴挙にでたのです」


「――誤解があるようだが、この内戦を仕掛けたのは私ではない。西側諸国の戦いの結果として、南西の国境付近――わが領地において緊張が高まっているときにそのようなことをしたがると思うかね。どうしたいのかとは私が聞きたいぐらいだよ」


 プロスコート女侯に答えた宰相は、苦笑交じりに首を振った。

 この国のほとんどのことは宰相が仕切っていると理解していたプロスコート女侯は、思わぬ発言をうけていぶかしげに問いただす。


「……どういうことです?」

「言われてみればもっともな話だが、……あんたじゃないなら誰がそんな決定を下すんだ?」


 ブルタニア侯爵も怪訝な表情で追随する。

 それに対する宰相の答えは、とてもシンプルなものであった。


「何もしていない領主を反乱扱いできる者など、国王陛下以外におるまい」


 回答を聞いたその場の領主らは、ため息とともに納得せざるを得なかった。

 後ろの席の方に座っていた領主らがざわめきだす。


 ブルタニア侯爵とプロスコート女侯爵もあきれ顔で言葉を漏らした。


「またか……、あの豚野郎」

「はぁ……。アレがそんなことに考えが及ぶわけもないから、入れ知恵されたのね。ボダンあたりか、……あるいはあなたかしら、ルグドゥ公?」


 そういって、プロスコート女侯が首を向けた先に座るのはルグドゥ公爵。

 王の取り巻きとして有名な三人衆のひとりであり、ガルフリート王国内で広い領地を支配し、その権勢は宰相と並ぶほどの大貴族だ。

 言葉をかけられたルグドゥ公爵は軽くひと笑いしてから、はっきりと明言する。


「――ああ、そうだ」

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