13.1話

「敵陣に橋頭保を築く。防御方陣のままゆっくりと、――突撃だ! ふははは、敵だらけで退屈しないな!」


 最前線に立つマイが無邪気に笑っていた。

 普段となんら変わらぬように、あるいは普段よりも楽しげに。


 ロメディア半島西部で行われた先の戦争において、とある最先端の野戦方陣が弱小国家に大逆転をもたらした。

 ――テルシオ。

 その特徴は長槍兵による堅い密集隊形で一方的に攻撃を加え、塹壕を作り騎兵の威力を殺して、タイミングをみて前に出た弓隊が射撃を加えるというもの。

 いわば歩兵によって構成された動く要塞だ。


 本来はもっと多くの兵士を用いて運用する大方陣であり、そして機動性に欠ける防御偏重の戦法だが――。

 そこにアレンジを加えて、少数ならではの機敏性と柔軟性を最大限に発揮させ、長槍兵とクロスボウ兵を混ぜたもの、――それがマイの考案した新戦術であった。


「弓射第一隊、斉射三連! しかるのち反転行進、第二隊前へ!」


 マイの声にこたえて矢が放たれる。

 それもただの弓ではない。

 シードワーフの技師マイが改良を施した連装式クロスボウ。

 その威力はたやすく鉄の鎧を貫く上に、連続した射撃を可能とする凶悪な武装だ。


 それでも存在するクロスボウの弱点、装填にかかる時間をマイは戦術で補った。

 一度に可能な3回の射撃を終えたクロスボウ兵は隊列の奥に入り、代わりに控えていた別のクロスボウ兵が前に出るという反転行進戦術、カウンター・マーチとも呼ばれる戦い方を取り入れている。


 これらの最大の問題は、兵たちに高度な戦術理解が必要という点であるが、そこは気心のしれた少数精鋭であることと、傭兵という戦いに特化した職業がそれを可能とさせていた。


「卑怯な! 剣で正々堂々と勝負をしろ! 騎士を侮辱するか!」


 とある騎士の怒りの声がむなしく響く。

 攻城戦のために後方に控えることになったガルフリート王国自慢の騎兵隊は、後方からの奇襲によってその機動性を発揮できなくなっていた。


 敵に突撃しようにも、長槍兵の密集隊形に向かっていけば串刺しになるだけだ。

 背後に逃げようにも、そこは川。

 左右にも敵兵が迫り、味方も川を渡り上陸しつつある状況で、距離をあけることも難しい。

 無理に動けば味方に混乱を引き起こすだけであろう。


 どうするべきかと躊躇ちゅうちょしている間にも、クロスボウの矢が飛んでくる。

 凶悪な勢いの矢によって、いともたやすくプレートメイルに穴が開く。


 こうなれば騎兵の優位性は死んだも同然であり、獲物の長さで一方的に攻撃してくるマイの部隊に対抗する手段はなかった。

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