11.1話

「おい」


 イブたちと別れ、自分のテントに帰ろうと歩いていたカナの前に、貴族風の子が立ちはだかった。

 カナより背丈は上だが、顔立ちから同世代ぐらいと判断できる。

 手の込んだ上質の服を着たその身なりからして、どこかの貴族なのかもしれない、とカナは推測した。


「お前、部隊を任せられたそうじゃないか。貴族でもなく何の実績もない癖に……」

「いえ、一応貴族ですよ?」


 貴族アピールのつもりで、カナは頬に軽く握った手をあてて首をかしげてみせる。

 女性となって以来、メイドのクニスに淑女の作法という名目で仕込まれたものだ。


「ふ、ふん。どうせ貴族の端くれだろう。コルランディ伯爵家の子、マルキアスの名を知って驚くがいい」


 そんな優雅な動きとは無縁に、マルキアスは貴族だと返されたことに一瞬口ごもるが、すぐに腕を組んで偉そうな態度で言葉を返した。


「わあ、伯爵の子仲間でしたか! 仲良くしましょうね」


 しかし、マルキアスの横柄な言葉をまったく意に介さず、カナは手を合わせて喜んだ。

 コルランディ、という家は少なくともカナが知る限りではこの国の貴族ではない。

 しかし、そんなこととは無関係に、カナはなんとなく伯爵家つながりの共通点で仲良くなれそう、ぐらいにしか考えてはいなかった。

 それも、単に傭兵団の仲間とは親しくなった方がロロが快適に過ごせる、ぐらいの大雑把な方針からである。


「……ん、ああ。……って、いや、そうではなくて! ……え、お前も? まさか、爵位の継承者とか?」


 何故かやたら友好的に返されて、態度を決めかねたマルキアスは、なんとなく普通のトーンに戻り出した。


「いえ、そういうのはセタ兄様が。私は家を追放されまして」

「はーっはっはっは! そうだろう、そうだろう! コルランディ伯爵家の正当なる継承者、この俺、マルキアスとは格が違うのだ。一緒にするな!」


 カナの立場を聞いて格式の差に優越感を覚えたマルキアスはさっそく態度を改め、ふんぞり返る。


「ともかくだ。一応は貴族ということならば、貴族として恥じぬように生きるのだな。俺のように新人ながら部隊を率いることは納得がいったが、足を引っ張るなよ」

「マルキアスも新人なのですか?」


「もう呼び捨てっ!? ……ふん、お前の少し前に入った新人だよ。何か文句があるのか」

「いえいえ。僕はよく知りませんが、オーリエール団長は見る目があるそうですよ。隊を任せられているということは、きっとマルキアスは優秀なのでしょうね」


「ふっ、当然だ。優れているからこそ貴族なのだぞ。俺は敵を前に大事なものを捨てて逃亡する輩とは違う」


 傲慢な貴族のテンプレのように聞こえるが、貴族が優れている、というのは平均的にみて間違った言葉というわけでもない。

 貴族というものは教育も充実しているのが普通で、その点において一般人よりずっと優位な位置にいる。


 また、近頃の貴族こそ特権をむさぼる印象が強いが、古代ミルディアス帝国期においては率先して危険に立ち向かう義務があり、その意志を受け継ぐ貴族の家柄も少なくない。


 その言葉を聞いて、カナが感心したように言葉を返した。


「ほほう。というと何百何千という敵をたったひとりでバッタバッタと切り刻める感じの人ですか?」

「何千って多すぎだろ! 100、いや10ぐらい……はまあ、やれなくも、ない、かも?」


 自信なさげに、段々とごにょごにょとした声になっていく。

 マルキアス自身、そんな多数相手に戦ったこともないのだが、威張っていた手前、ここで引くことはできない。


「わあー。凄いですねー」

「お前、さては馬鹿にしてるだろ! 俺を侮辱するとは許さん! もういい、俺の活躍をみて吠え面をかくなよ!」


 ふんわりしたカナの言い方が気にさわったらしく、マルキアスが怒り出す。

 だが、それを特に気にかけていないカナは、素直な気持ちで応援した。


「活躍してくれると、僕たち助けにいかなくて楽が出来るので大歓迎ですよ」

「やっぱり馬鹿にしてるだろ!? ふざけやがって!」


 怒声と共に顔を真っ赤にしながら、マルキアスは去っていった。


「……うーん、なんで怒ってるのでしょうか? ……何か言葉選びを間違えてしまったのかも。あとでロロに聞いてみましょう」


 さっきまで友好的だったのに、とカナが不思議そうに考え込む。

 そうしていたのもわずかの間で、さっさと切り替えに自分のテントへと帰るのであった。

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