32.2話
「……トーラさん、この刀、ぜひ売ってください」
「いいですとも。もちろんですとも。お代は、……現地民の人がいますし。ええ、儲けさせてもらったお得意様ですから、お安くしておきましょう。そこの値札の……」
トーラはそう言って、ちらりとカナの方をみる。
そこへロロから、そそっと本を追加され、トーラが眉をひそめながらも頷いた。
本の追加分なら値段的にセーフらしい。
しかしそれだけではなく、こっそり本に隠れて茶器が少しだけ見えるように置かれている。
「ぬぐ……」
それに気づいたトーラが、難しい表情で苦しみの声を漏らすが……。
「びし」
ロロのピースを見て、渋々という感じで再び頷く。
「ええ、そこの値札の二割引きにしちゃいますとも! やったねお買い得! ……また来てね!」
話がついたことで、トーラがなかばやけくそ気味にそう宣言した。
話がよくわからず、カナは相談役に声をかける。
『ねえ、クロ。これ、どういうことなの?』
『うむ。つまりは事情を知らん店員がカナからぼったくったことで、それをリルデの領主――セタの奴に問題視されると独自の商品が魅力のリルデとの取引ルートがなくなってしまう、と危惧したのじゃろう。それゆえ、この商人はカナたちが出奔しとるとは知らんから、なんとか取りなさなければならなかった、と』
『へー、そういう事情だったんだ』
『くふー。儂の賢さに関心するがよいぞ』
クロからの解説をうけて、ようやくカナが交渉の意味を理解した。
しかしあの手袋、どれだけぼったくられていたのだろう……。
そんな謎の攻防にまったく気づいていないミルカが、大喜びで声をあげた。
「あ、ありがとうございます! あの、ちょっと手持ちでは足りないのでとりあえず手付金を置いて、許可が下りたらまた来ます」
「はいはーい。お待ちしておりまーす」
金貨の入った袋を受け取ったトーラはさらさらと証文を書いて、ミルカに手渡す。
商売の慣習ではこれで予約の成立ということになる。
「……貯めていたお金がほとんどカラになっちゃいますが、……あとでグランマに言っておかないと」
「武具なら、たぶん申請通るだろ」
「ぬぬぅ、なぜイブちゃんの錬金素材は通らないのか……」
「普通の素材は通ってるのだが。欲しがってるやつは前に爆発させたからだろ」
「ですよねー、イブちゃん知ってた。はっはっはー」
隣にいたマイが淡々と指摘した。
苦い表情をしていたイブは、指摘をうけるとケロっとした顔に変わり、笑ってすらいる。
一方で――。
「ふむ」
「ふむむ?」
どこかトーラという少女に違和感を覚えたカナ。
その姿をじっと見つめ――。
「もしやあなたは、……いえ。……えと、ホビックですか?」
少し
そんな様子にトーラは納得がいったようで、気持ちよく笑顔で答える。
「はい、そうですよ!」
「おー、やはり。なるほど、これがホビックというものですか。……小さいということ以外は人間のようですね」
「ですです。見た目では耳がちょっとだけトガってたりする程度の差ですよ」
小人姿の種族として、こうした質問はいつものことなのだろう。
ホビックと呼ばれる小人族は、そのとおり大人になっても子供サイズの種族である。
ほんの少し耳が尖っているだけで、人間の子供との判別はつきにくい。
「おっしゃー、運良くミルカっちのブツも見つけたし、さっそくババアと交渉しにいくかねぃ」
「はいっ」
「そうだな、色々買ったし戻るとするかー」
「ええ、はやくベッドに帰らねば。御本を読み、お茶を飲むのです」
「うん、楽しみだねー」
買い物が終わり、街での用事は済んだことになる。
楽しい休日を過ごし、それぞれが満足げな表情だ。
「それでは、またのご来店を! ほんとにまた来てくださいね! このままじゃ赤字だから! むしろこっちから行きますよ!」
と必死に叫ぶトーラの声を後ろに、カナたちはごちゃごちゃとした風変わりな店をあとにする。
こうして、傭兵団の休日はのんびりと過ぎていった。
そして翌日、次なる戦いの場が決まったことを告げられるのである。
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