25.2話

「連れてきたぞー」


 城門付近に置いた傭兵団野営地に並ぶ中で、一際大きなテント――主に作戦会議などに用いられる場所へとカナたちは案内されていた。

 マイの言葉を聞いて、中で待機していた者たちがじろりと目を向ける。


 そこに居たのは8名。

 椅子に座る者、端の方で立つ者、気怠そうに椅子に寄りかかる者、地面に座る者、人それぞれに様々に。

 その中の中央に座っていた獣人の女性が立ち上がり、カナたちに声をかけた。


「疲れているところすまないな、カナ、ロロ」

「セミナリアさん」


 獣人の女性――セミナリアにカナが声を返す。


 セミナリアはオーリエール傭兵団の副団長だ。

 そして傭兵のあいだでは、“金狼”の異名で知られる人狼ライカンスロープでもある。


 人狼ライカンスロープは一般に獣人と呼ばれる種族なのだが、厳密にいえば獣人という種族は存在しない。

 獣人というのは様々な種族の総称であり、例えば猫人アイルスロープ熊人アルクダスロープのような異なる種族をひとまとめに獣人として扱うのが通例だ。


 セミナリアも一見したところはうら若き金髪の美女だが、頭部にはふさふさの耳がついている。

 獣人はカナのような魂喰鬼と違ってシンボルとなる獣耳があるので、見た目でわかりやすい種族といえよう。


「やふやふうぃーっす、イブちゃんだぞー! カナちゃん、ロロちゃん、ステッキーな夜ですにゃん」

「カナさん、ご苦労様です」

「……来たか」


 続けて、清楚な外見ながらエキセントリックな言動のイブと、小動物のようなミルカがそろってあいさつをしてくる。

 それに遅れて小さな声をあげたのはマルキアスだ。


「ミルカ、イブ。なんとマルキアスも。怪我は大丈夫なのですか?」

「無理に動かなければ問題ない。……あのときは助けられたな。改めて礼を言う」


 いつものように愛想のない表情でそう答えるマルキアス。

 そこに感謝の照れのようなものも混ざっている。


「よお、カナ。戦場じゃ大活躍だったな。おかげで被害が少なくて済んだ」

「あれ俺も後ろで見てたけど、凄かったよなぁ」


 横から話しかけてきた青年がギリアン。

 その隣にいるエルフも見覚えがある。


「ギリアンさんと、……えーと、エルフの人」


 カナが首をかしげながら返事をする。

 別に忘れているわけではない。

 姿を見たことがあるだけで、まだ名前を聞いていなかったのだ。


「雑ぅ! って、あー。……そういや自己紹介してなかったっけか。ライラック・イーチだ、耳だけじゃなくて名前も覚えてくれると助かるな。で、あいつが……」


 ころころと表情豊かにエルフの男――ライラックがカナにそう言って、そのまま流れるようにテントの端にたたずむ青年を紹介しようとしたが、それは当人の声によって遮られた。


「サルバドール・レジェス。覚えても覚えなくてもかまわない」


 目を伏せたまま、そう答えたのは人間の男――サルバドール。

 大人びた表情をしているものの、まだ幼さの残る茶色の髪の美青年だ。


「よ。俺はもう知ってるだろ。デクランだ」


 最後にデクランが気さくに笑いかけてきたので、カナも無言で笑みを返す。

 こうして一通りのあいさつが終わったところで、セミナリアがカナに話しかけた。


「あいさつするのもはじめてな奴が多いか? ここにいるのはオーリエール傭兵団の各部隊長を務める者たちだ。……といってもマルキアス、ミルカ、イブは別だがな。参加したがっていたので許可を出した」


 オーリエール傭兵団の実戦部隊は6人の部隊長によって構成されている。

 さらに部隊長の下にはいくつかの小隊が所属していて、例えばデクラン隊所属のマルキアス小隊という形になるというわけだ。


 つまりこの場にいるのは傭兵団を前線で指揮している幹部たちである。

 いないのは貴族のパーティーに参加している団長のオーリエールと部隊長フレンツぐらいだ。


「はて、何かの会議でしょうか?」


 口元に指先を当てながら、カナが首を傾げる。

 それに答えたのはセミナリアだった。


「ああ。こいつらがお前に聞きたいことがあるそうなのでな」


 そう言って、セミナリアは紅茶を口に含んだ。

 かちゃり、と中央のテーブルにティーカップを置いた音色が鳴る。


「――聖女とは、なんだ?」


 静まり返った中でセミナリアの声がカナに向いた。

 軽口気味だった今までとトーンが変わり、真剣な話だということがうかがえる。

 いつのまにか周囲の皆も真面目な表情へと変わっていた。

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