21.1話

「≪主たるゼナーよ。裁きの剣をもって秩序を与えたまえ≫」


 青年の聖騎士の言葉とともに剣が輝く。

 光放つは“導聖術シクス・グラマト”の魔を滅する奇跡の術。

 並の悪魔であれば触れただけで滅び去るという聖なる刃。

 聖なる剣はうなりをあげて横なぎに孤を描く。


「死ぬがよい、偽りの聖女。――≪光によりて闇に消えよ≫」


 反対側より熟年の聖騎士がつぶやく。

 その刃は青年の聖騎士とは異なる、黒き光を帯びて――。


 それは闇の力であった。

 それは神魔の邪法であった。

 闇の光によって滅することを許した、神の奇跡――。

 その凶刃が鋭く最短距離をかけてカナに迫る。

 

 その状況にジョルジュ将軍も驚くが、もはや放ってしまった竜巻の如き一撃は止められるものではなかった。

 三方からの全力の挟撃がカナを襲う。


 絶望的な、死が目前に迫る光景に、カナは――微笑んだ。



「――流水の型、リガン」


 猛回転でねじり駆けるジョルジュ将軍の一撃がカナに触れる直前――。

 カナの放った神速の突きがジョルジュ将軍の右肩を抉る。

 向かい来る力の流れをそのままに相手に返す、シンプルにして明解なカウンター。


「ぐぅぅぁッ!」


 その大きな体は吹き飛ばされ、携えていたランスがカナの後ろに突き刺さった。



「――国津の型、スイカ」


 それと同時にカナが左に放った“水”が青年の聖騎士を包む。

 先ほどの戦場で使わずに纏わせていた水の術。

 それをここで解き放ったのだ。

 神の光は届かない、水に包まれ届かない。

 こうして、水に取り込まれた青年の聖騎士は動きを封じられ無力化された。



 そして、熟年の聖騎士の神聖にして黒き光の刃は、カナに届くことなくその手から零れ落ちる。


「か、……っはッッ」


 その腕ごと、身体もろともを切り裂かれ、熟年の聖騎士は血を吐き出す。

 ドボドボと流れこぼれる赤い液体にも目をくれず、熟年の聖騎士が見つめていたのは自らを切り裂いたその“武器”であった。


「……か、髪? ……だと?」


 熟年の聖騎士を切り裂いたのは、髪。

 銀色に輝くカナの髪であった。


 普段よりも遥かに伸びていた髪が元の長さに戻っていく。


「――コトーブレード・イマ。我が一部である武器にございます。大陸風に言うならば、魔術武器――エンチャントソードとなりましょうか」


 後継者であるカナはクローゲンから受け継いだ武具をいくつか所持している。

 中には騎乗物もあるとはいえ、ほとんどは剣の類なのだが、そのうちのひとつ、コトーブレード・イマは護身用として髪と同化している特殊な剣だ。

 神域の技法による伸縮自在の流体金属で作られているのだが、この技法は遥か古代には絶えてしまい、現存する物はおろか、その存在すらほとんど知られていない代物であった。


「……ぐぅ、ハァ。……おのれ、悪魔めが」


 故に、知らぬ者からみれば、悪魔の技と考えても無理からぬことなのだ。


「残念でしたね、髪ではなくて。まあ、同化しているので髪のようなものなのですが」


 そういって、背後の者には目もくれぬままカナが錫杖をくるりと戻す。

 しゃらん、と澄んだ音色が響き、熟年の聖騎士が吐血とともに倒れ伏した。


『――天晴れ、見事であった。素の修練も上々じゃな。さすがは儂の後継者よ』


 事が終わり、クローゲンが誇らしげにカナを褒める。


『恐悦至極ですよー、中興殿。それとも先代様、の方が良かったかな?』


 カナがそう返事を返すと、クローゲンは一瞬機嫌を損ねた顔を見せ、すぐに笑みを浮かべた。


『クックック、恐悦しとるやつの態度ではなかろうて。それとな、名の方で呼べ。そんな余所余所しい呼び方は寂しいのー。それではお主も聖女殿と呼ばれてしまうぞ? のう、聖女殿?』

『むむぅ、クロめ』


 ジト目になってカナがつぶやく。

 わずかの間、クローゲンとゆるい会話をしてから、カナは熟年の聖騎士の方を向いた。


「いやはや、三方同時とは驚きました。後ろで何かしらの術を行使していたのは察知しておりましたが、絶妙なタイミングでしたね」


 そうしたカナの言葉とは裏腹に、その表情にあまり変化はない。

 血だまりとともに倒れたままの熟年の聖騎士は、苦しみながらもカナの顔を見上げた。

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