31.3話
「で、ミルカっちは何してたん?」
「実はその、刀を探していたんですよ。カナさんに教わっている剣術って、本当は刀を使うんですよね?」
質問に答えたあと、ミルカはカナの方を向いて、そう聞いた。
刀身をみせたことはないが、以前にカナが剣士だと看破したことから考えて、ミルカは観察力が優れているのかもしれない。
あるいか過去の経験か憧れか、スイゲン流の剣術にとにかく関心が強いようだ。
これまでは一般的な剣でもできる汎用的な戦い方を教えていたのだが、本格的に学びたいというのならば自身の刀があったほうがいいだろう。
「なるほどなるほど。ふーむ、刀ですか。……ふーむ、ふむ。……そもそも、この辺で作られているんでしょうか?」
カナが少し考えて、……まず根源的な疑問にぶちあたった。
武具の専門家であるマイの方も記憶をたぐってはみたが……。
「私も見たことはないなー。……そういや、カナはもしかしてコトーブレードというやつを持ってるのか? そのうちカナのやつを見せてくれー」
やはり思い当たるところはなかったようだ。
そのついでに所有物を見たいと頼んできたので、カナは快く了承した。
「いいですよー。帰ってからで良ければ」
「おお、それは楽しみだ。一度見てみたかったんだが、過去、オークションに出た一振りが金ではなく領地で取引されたと言われる伝説があるぐらいだ。見ることすら難しくてなー」
コトーブレードとは魔王降臨期に大陸に現れた異国の剣士たちが所有していたという刀のことである。
つまるところ数に限りのある武器であり、同時に歴史的な遺物というわけだ。
一介の傭兵などが手を出せる代物ではない。
「カナちゃんの物はともかく。技師で鍛冶師やってるマイちゃんが見たことないなら、少なくとも一般的には出回ってないんじゃない?」
横道にそれていた話題を、イブが戻した。
探す以前の問題として、刀が作られ、売られていなければお話にならない。
「だが、異国から持ち込まれたというコトーブレードは大陸に今もあるわけだしな。ドワーフ族なら優れた武具を見れば模造品を作りたくなるのが習性というものだ。そういうことを考えれば、似たようなものは過去に作られているだろう。質の良し悪しは別としてな」
シードワーフらしい視点をマイが口にする。
その内容に、カナも頷いた。
「それはあると思います。ドワーフではありませんが、アリエーナには今も刀鍛冶がいますし。新作も作られてはいるのですよね。……問題は他の場所で売られてるかどうかですが」
「にゃるほど。そういうものを扱ってそうな、ディープな店を探すのがいいってわけかにゃ」
「ただ、この街にはないと思うがな。ボルディガレは港もある交易都市ではあるが、長年平和で武具の需要は少ない。客層といえば冒険者がせいぜいってとこだろう。そんなところに需要がなさそうな珍品を買い付ける商人がいるかどうか」
「……そうかもしれません。実際、武器を扱う店自体が少なかったです。……残念です」
ここまでの話を聞いて、ミルカはしょんぼりした表情で肩を落とした。
可能性がないわけではないが、現実的にはやはり難しいだろう。
ふーむ、とカナが考え込んでいると、頭の中でクローゲンが語りかけてきた。
『刀かぁ。中々、手に入らんじゃろうなぁ。アリエーナでもごく一部の家が打っとるだけじゃし』
『うーん、僕の持ってるのあげちゃう? いくつかあるけど、あんなに使わないと思うし』
『ほわ、何言っちゃってるのじゃ!? あれ、儂の大事なやつ! 趣味であつめた蒐集品じゃぞー! 大陸風にいえばコレクションというやつ! それをあげるなんてとんでもないのじゃよ! この人でなし! って鬼じゃった!』
『身体がないのにまだ物に執着してるの……?』
『お主の“マカ”に保管されとる儂のコレクションを愛でるのが、残された唯一の趣味なのじゃ。昔の家来にも武器コレクターがおったが、今となってみれば気持ちがわかるのう。とにかく、それはダメじゃ。それに話を聞くに、今の時代じゃと価値がありすぎて持ってるだけで危ないじゃろ』
『それは確かに』
「否決されてしまいました。なので、探してみましょうか」
「否決?」
カナが口にした突然の言葉に、マイが首を傾げる。
「そーだね、とりあえずお食事してから怪しげな店でも探し回ってみちゃいますかねー」
「何はともあれ、まずはお食事ですねー」
イブが話をまとめて、カナも頷く。
そこへ丁度、それぞれが注文したサンドイッチ、バゲット、ポトフなどが運ばれる。
「サンドイッチといえば、賭博好きのサンドイッチさんが徹夜で賭博をするために、片手で持ちやすい軽食として発明した、……などとまことしやかにささやかれる噂がありますね」
「あー、聞いたことあるな」
「吟遊詩人による、昔ながらの定番の詩ですね」
カナがはじめた話に、マイとミルカがあいづちをうつ。
「ところが、史料によればその本人は政治の要職にあって、料理研究家でもなければ徹夜で賭博ができるような暇人ではなかったのだとか」
「ほー、そうなのか」
「おお、多忙を理由に料理の発明を怠るとはなさけない。料理研究家でジャムのレシピまでだしてる占星術師に謝るべきやね。……いやむしろ占星術師がおかしいのか?」
カナがそう話したところで、イブが冗談を挟んできた。
さらりとネタにされる某占星術師はさすがである。
「……ちなみにパンなどに具を挟んで食べるサンドイッチのスタイルは、意外にも古い歴史があって、古代ミルディアス帝国時代のあたりにオッフラという料理として記録が残っているようです。以前に読んだ歴史豆知識的な御本にそのようなことが。……カナ姉様と何度かこの御本を読みましたね」
「うんうん、半年前だったよね」
「以上、カナちゃんロロちゃんの豆知識でした」
「……って、イブさんがまとめるんですか?」
そんな他愛もない話題を楽しみつつ――。
美味しく食事をいただき、紅茶を飲み、カナたちは再び街の中へと繰り出していった。
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