3.1話

「おやまあ、こいつはびっくりだよ。馬だらけじゃないか。そこのお嬢ちゃんたちのかい?」


 妙に生気溢れる老婆が、カナたちに気さくに語り掛ける。

 腰に短剣を差し、クロスボウを背負う老婆の恰好は、どう見ても王国軍ではなさそうだが、ただ者でないことも確かだろう。

 くたびれたコートの奥の傷ついたレザーアーマーが手入れによって良い渋みを出していた。


「あっちこっちに武器が転がってるな。こいつぁガルフリートの近衛騎兵の装備か。はは、景気が良いねえ」


 老婆の少し後ろから、壮年の男性が辺りを見ながらのん気に笑った。

 こちらも使い込まれたマントにブレストプレートを着込んでいる。

 カナがあまり目にしたことのない人種だ。


『なんじゃこやつら?』

『……敵意は感じない。何者だろう』

『とりあえずは話を聞いてみるがよかろうて』


 クロのアドバイスにしたがって、相手の出方を伺う。


「ん? そう警戒しなさんなって。オジサンたちは通りすがりのただの傭兵だよ。それも半分隠居してるようなロートルさ。――さあ、笑って笑って。子供は笑うのが一番だ!」


 そう言いながら、壮年の男性は繊細な意匠の鞘に入った長剣で肩をトントンと棒代わりに叩いてから、強烈な笑顔を見せた。


「はあ、ええと。何か御用ですか?」


 邪気のない笑顔をみせられて、すっかり気が抜けたカナは押され気味に質問をした。


「スカウトさ。良い掘り出し物が迷い子をしてるようだからね。もちろんアンタたちのことだよ。行く当てがないからワタシのトコに来てみるかい?」


 壮年の男性に代わって答えたのは老婆だ。


「掘り出し物? 血統のことですか?」

「いやー、オジサンたちは山を下りているところだったんだがね。何やら空を飛び跳ねる子供がいるじゃないか。で、こいつは凄え奴だと思ってここへやってきたのさ。簡単だろ?」


 まさか領主の一族だと知られているのだろうか、と考えたカナであったがそういうわけではないらしい。

 つまりはたまたま強そうな者を見かけたからスカウトにきた、というわけだ。

 確かに簡単な話ではあった。


「……あの、何故行くあてがないと?」

「子供がたったふたりで、この国の騎兵なんぞに追われてるんだろ? どうみても訳ありじゃないか。職業柄、迷い子の助けになってやりたくなるのさ。何か、――世界を救うとか滅ぼすとか、そんな類の崇高な使命をお持ちだったらそいつは済まないがねぇ」


「変なバアさんだと思っただろうが、嘘は言ってないぞ。子供のスカウトが生き甲斐なのさ、そのバアさんは。見知らぬオジサンが言っても説得力はないだろうがな」


「何故、僕たちを? 何故、子供を?」

「そいつは簡単。孤児を拾っては傭兵として育てていくのが、このワタシ、オーリエールの生き方だからさね」


「行き場のない孤児を傭兵にして稼ごうっつう悪いバアさんだからな」

「おだまり! 子供好きなんだよワタシゃ!」


 合いの手で茶化す壮年の男性に、大して怒っていないような笑みを浮かべて老婆が言った。


「カナ姉様、私たち孤児なのです?」

「違う気もするのだけど、……立場としては似たようなものなのかも?」


 かわいらしく首をかしげるロロに、カナも同じように首をかしげて答える。


「何、無理強いはしないよ。ワタシも興味があって声をかけただけさね。アンタらは稀に見る逸材のようだからね、この惨状をみるに。傭兵でも冒険者でも、お嬢ちゃんたちは自分らで食っていけるだろうし、好きに生きりゃいいのさ」


 そう言って、オーリエールと名乗った老婆は肩をすくめた。


「とりあえずここから移動したいんだろ? 隣の街まで一緒に行くだけでも構わないよ。もちろん居心地が気に入ったらそのままワタシのとこに入ってもいいしねえ。……どうだい?」

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