第31話 好きと言うのは告白なのか

 あれから、いくつかの店を見て回ったカナたちは満足げに探索を続けていた。

 イブやマイが道中で趣味の物を少しばかり買い、一見すればショッピングを楽しむ普通の少女と見えなくもないだろう。

 そうして購入した物やチーズなどはマイの背中のバックパックに収納されている。

 マイによるとお手製のバックパックには型崩れを防ぐ仕組みがあるとのことだ。


「様々なチーズがありましたし、グイエン侯肝入りのレモンジュ磁器も綺麗でした。色々なものを見て楽しめましたね」


 ニコニコしながらカナが正面を向いたままご機嫌な声をあげる。

 広場には陶磁器が並ぶ露店もあり、そこには庶民向けで大人しめの色使いながらも美しいティーカップが並んでいた。

 伯爵邸が所有する磁器のような美しい絵付けなどはされていないが、濁りのない澄んだ白に焼きあがった磁器はそれだけで美しいものだ。

 技術の粋を尽くしたような繊細な装飾の磁器も、飾らない地の美しさの磁器も、カナにとっては好ましい美なのである。


「グイエン侯爵製陶所が作ったレモンジュ磁器はリボーヌ城や伯爵邸でも使われていましたが、グイエン侯の窯だけではなくレモンジュ村全体が陶磁器を作っていたとは驚きでした。それぞれが個性の異なる窯として切磋琢磨していたのですね」


「うんうん、ロロも楽しんでるね」


「ええ、カナ姉様とこうして自由に見て回るだけで楽しいです」

「ねー、ロロと買い物にいけるだけで新鮮だよー」


 しみじみと、カナとロロが微笑みあう。

 それなりの貴族ともなれば使用人が必要なものを調達してくるわけで、自身で買い物をすることが少ないのではあるが……。

 それ以前に、いつも伯爵邸に引きこもっていたロロは、面倒くさがりで歩くのが嫌いな性格もあって買い物に行くことがなかったのだ。

 これが姉妹揃ってのはじめてのショッピングなのである。


「マイちゃんも楽しめたかーい? 殺伐としたことしか考えてなさそうなリトルガールなイメージを覆せそう?」


 いつもの調子で、冗談まじりに語りかけたのはイブ。

 4人の中で一番背が高く長髪の美人であり、一見すれば清楚で物静かな容貌をしているのだが、人間見た目ではないのだと言わんばかりに軽快なトークを飛ばしている。


「失敬な。私とて風情やロマンを愛する乙女だぞ? 分野が違うとはいえ他所様の職人仕事は見ていて楽しいからなー」


 それに答えるマイも、一見すればショートカットのかわいらしい幼女なのだが、中身は武闘派マイスター。

 武装や戦術の研究に余念がないお年頃の、シードワーフの乙女である。


「日々、戦争や鍛冶のこと考えてそうで、意外と日常を楽しめる派だったかにゃん?」

「平和な環境ならそれに相応しいことを考えるとも。何も武装だけが技師や鍛冶師の仕事ではないからな。錬金術師とは違うのだよ」

「そりゃそーだ……って、錬金術師だって戦場にいるのおかしいからね!?」


 と、そこでイブは顔の向きを動かし、カナに視線を合わせる。


「ちなみに磁器やそれに使う釉薬なんかは錬金術師の分野って知ってるかにゃー? びゅーちほーでステッキーな磁器が生み出されるまでに、錬金術師ちゃんたちは王様とかに幽閉されたり殺されたりしてた悲劇があったとかなかったとか。めでたしめでたし。イブちゃん豆知識だよん!」

「錬金術師がカップやお皿を作ってるのです? イブに頼めばびゅーちほーでステッキーなティーカップとか作れちゃいます?」


 それを聞いたカナが、興味深そうに食いついた。

 なにしろ身一つで旅に出ることになったので紅茶を飲むためのティーカップもないのだ。

 せっかく街に来たので茶葉とともに買おうとは思っていたのだが、陶磁器類は壊れやすく、旅に向いているとはとても言えないのも当たり前の話。


 壊れにくい素材のものを買う予定であったが、作れるのならば興味も沸こうというもの。

 という期待があったわけだが……。


「それはムリムリ。土とか薬を研究してきたのが錬金術師。ステッキーな物を実際に作るのは職人だよん。だからイブちゃんに言われてもへにょへにょのお皿モドキしか作れないのさ!」

「へにょへにょ」


 と、錬金術師本人に言われては仕方がない。

 素材を開発する人と作品を作る人は必ずしも一致しないという現実の前には、へにょへにょした声を出すしかなかった。


「それはそれでおもしろ……、味わいがあるかもしれませんね」

「そうだね、個性があっていいのかも。故郷の人たちは好むかもね」

「ネタにする気だ! いや面白がっても作らないぞぉ?」


 そんな土地柄だか種族だかの違いを感じつつ、カナたちは楽しそうに笑顔で会話をする。

 カナとしては、ロロが馴染めているか心配していたのだが、マイやイブには気を許している様子。

 そう思うと自然と笑みがこぼれるひと時であった。

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