第27話 傭兵の論理
緊迫した時の中、――すっと、イブの表情が変わる。
先ほどまでの、口をとがらせて抗議をしてはいたが、どこか笑みの含まれた貌から――、静けさに沈んだような、それでいてどこか真剣な顔へと。
「……ええ、信じます。……もしも、人を食べようなどと思えば、孤立して動けなくなっていたマルキアスを、――食べていたのではないでしょうか。それどころか戦った敵すらも生かして捕らえたのですから、カナちゃんの言葉は信用に値します。……最後にカナちゃんと同じ場にいたマルキアスやデクランさんから、その時の報告を聞いていますよね」
その雰囲気がそうさせるのか、静寂をもたらしたイブの言葉は良く響いた。
イブが言っているのは、カナやジョルジュ将軍や聖騎士らが戦い、マルキアス隊が倒れていた森の戦いでのこと。
隠れて人を食べるのが目的ならば、誰の目も届かなかったその時こそ最大のチャンスであったはずで、そこで“食事”を行わないのは理屈に合わない、というわけだ。
「……イブのくせに真面目に喋りやがって」
その事実は効いたようで、ライラックは反論できずにこう返すのが精一杯であった。
『敵はひとり食べちゃったんだけど』
などと台無しなことを頭に浮かべている人食いもいたりはしたが。
『あれは頼まれてのことなのでノーカウント。やむにやまれぬ言わぬがフラワーというやつであろう』
『突然、変な言い方しだしてどうしたのクロ』
『ふふ、当世風というやつじゃ!』
『そんな言い方イブぐらいしかしないんじゃ……』
そんな風に頭の中でクロとゆるゆるな会話をしつつ、カナは意識を緊迫した場に戻した。
続けて、ミルカが口を開く。
すでに震えはなく、ある種の風格すらも感じさせるたたずまいで語りだした。
「――この傭兵団は、種族を問わずに子供を救けることを理念としています。俺たちもそうして救われたひとりでしょう? どうしても合わなくて嫌いな人がいるのは、……残念だけど仕方ないことだと思います。……けれど、それを理由に排除するのは、間違っています」
実際のところ、マイやデクランなどをはじめ、傭兵団の多くの者からも、カナの活躍を評価する声は大きい。
そもそもが種族を理由に排除するなどということは、種族を問わず行く当てのない孤児を引き取り続けてきたオーリエール傭兵団においては認められないことなのだ。
年少とはいえ傭兵団最古参であるミルカまでもがカナの味方につき、傭兵団立ち上げからの理念を持ち出されてはライラックも分が悪い。
「……それは、そうだな」
と言ったあと、考え込むように目を閉じて、わずかな間だが場は静けさを取り戻した。
セミナリアが、その口を開くまでは。
「そもそもな。なぶり、食らい、殺すなんてのは人でもやることだ。――むしろ人の方が人を殺した数は多いのではないかな。傭兵たる私たちはそれをよく知っているだろう? 危険かどうかなど、種族ではなくその個体によるのだよ。かつて獣人も魔族と同じように狩られた時代があったが、今ではこうして共存している。――それとも何か? お前は人も獣人もドワーフも、エルフでさえも敵というつもりか?」
セミナリアが突きつけたのは、傭兵の論理、戦場に生きるものの常識、歴史としての事実、そして世界の真理であるとも言えよう。
つまるところはこういうことだ。
いつでも人を殺せる力を持つのならば、人であろうが魔族であろうが、そこに違いはあるのだろうか、と――。
安心と危険を判断する基準は、結局のところ当人の認識の差に他ならない。
「……ああ、そうだ。その通りだ。もちろん、――すべてが敵だ」
「えっ?」
ミルカが驚く。
ここまでの話の流れから、それも無理はない。
だが、当人の基準が決め手となるのだから、どのような判断にしろ、例え後悔にすることになろうとも、ライラックにとってはライラックの決断が正しいことなのだ。
ただし――。
「――俺の仲間に手を出す奴はな」
ライラックがすっきりした表情でそう言った。
判断を下す基準は仲間のためのものであり、それこそがライラックの信じる正しさだ。
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