27.1話

「俺からも少しいいか」


 それまであまり干渉せず見守っていたデクランが声をあげると、全体の視線はそちらに向いた。

 デクランは子供ばかりの傭兵団にあって、数少ない高齢の男性だ。

 オーリエール傭兵団への参加こそ中途であったが、実戦経験豊富なベテラン傭兵として尊敬を集めている“教師”側の人間であった。

 椅子から立ち上がったデクランを前に、ライラックも姿勢を正して相対する。


「……デクランさん」


 深く息を吐いてから、デクランが口を開く。


「まずひとつ。傭兵ってのは雇われだ。雇用主と契約し、報酬を貰って働く臨時雇いの労働者だ。優先するべきは契約で、俺たち傭兵の気分じゃあない。戦えと言われたら戦い、殺せと言われたら殺し、守れと言われたら守るのが仕事だ」


「ええ、その通りっす」


 ライラックが真面目な顔で頷く。

 彼とて傭兵としての生活は短くないのだから、その程度の基本は頭に入っている。

 しかし、そこでライラックは気付いた。

 自らのこれまでの発言の不備を。

 デクランはそのまま、畳みかけるように言葉を続ける。


「今回の雇用主が誰かわかってるか? アリエーナ伯だぞ。そこにいるカナやロロの兄君だ。契約内容はガルフリート王国での内戦においてアリエーナ伯の指示通りに動くこと。その中にはカナへの協力も含まれている。……つまりカナが気に入らないという感情論で追い出すことは傭兵としてあり得ない判断だ。わかるな?」


「……はい」


 静かに語るデクランだが、そこには教師としての厳しさが表れていた。

 オーリエールに拾われて以来、傭兵として生きてきたライラックにとって、この傭兵団とは家族であり仲間だ。

 傭兵として生き方を定めた以上、傭兵の掟こそが絶対のルール。

 そこを間違えてしまったのだから、ライラックは叱責を甘んじて受け入れるしかなかった。

 感情論ばかりで話を進めていたこと、傭兵としての正しさ、どちらも反論の余地がないことなのだから。


「もうひとつ。カナはどういう経緯にせよ、もうひとりの雇用主であるグイエン侯爵らから聖女として遇され、なんなら戦意高揚に用いられたわけだ。お偉いさんの方針は知らないが、少なくとも戦略に関与することは傭兵の職分ではない。そこらへんの傭兵の基本中の基本を忘れるな」


 そこまで言って、デクランは再び椅子に座った。

 感情を咎めたわけではない。

 傭兵のあり方、根本となる考え方を改めて思い出させねばと考えたのだろう。


 事実として、すでにカナのことは一介の団員らが決めていいような事柄ではなくなっている。

 気に入るとか入らないとか、種族がどうの魔族がどうの、そんなことは何の理由にもならないのだ。

 傭兵とは契約を遂行し、生きるための生活費を稼ぐ者、その原点を忘れては大切な仲間も守れない。

 ライラックはその意味を痛感し、机に手をついて頭を下げた。

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