39.1話

 ――森から矢が放たれる。

 まだ見ぬ敵から放たれた多量の矢。

 その矢が、空中で止まった。

 ゆっくりと力を無くしたように、地に落ちる。

 その矢をよく見れば、きらりきらりとした、細い糸のようなものが絡みついていた。

 ロロの振るう力、”マカ”より発せられる魂の糸。


「すごい、矢を全部防ぎ切った……」

「こんな芸を隠し持っていたのか、ロロちゃん! ……てっきりごろごろするだけのペット枠だとばかり」


 賞賛とともに何とも言えない言葉を並べるイブの言葉に眉をひそめながら、ロロが微妙に反論した。


「失礼な。ごろごろばかりではありません。もげた手足の修理ぐらいはやりましたが」

「もげるとか修理とか不穏当なワードチョイスだねぃ!? って冗談言ってる場合じゃなかった!」


 ”ごろごろ”は事実でありやましいとも思っていないのでロロは否定しなかった。

 そうした微笑ましい空気に毒されることなく、ミルカは森から姿を出した敵を、しっかりと見つめて大きな声をあげる。


「この紋章は、……、“傭兵猟師アルモガバルス”! バルダード傭兵団!」

「“傭兵猟師《アルモガバルス》”? 有名なところなのです?」

「はい、古い歴史を持ち、数ある傭兵団の中でも屈指の実力と言われる強豪です!」

「それは結構」


 少しだけ楽しそうに、カナがそう言った。

 カナは戦闘狂というわけでもないし、仲間が苦戦するのをみて楽しむ類の趣味があるわけでもないが、歯ごたえがないというのもつまらないと考えている。

 それに、この傭兵団自体が保護だけではなく育成と成長を目的としている以上、こうした強者とぶつかることは避けようもない。


「――各自、応戦をしつつ撤退を第一に! 命を捨てることなく生きて帰りましょう!」


 カナが大きな声で指示を出す。

 少し動揺していた者たちのところへカナの声が響きわたり、思い出したように駆けだした。


 その動きに合わせるように敵側も姿を見せる。

 わらわらと森から現れ一斉に駆け寄る敵傭兵団をみて、カナがつぶやく。


「少々、敵の数が多そうです。……よし、持ち替えましょう」


 カナはそう言うと、軽やかに馬の上に飛び乗って、錫杖を空間――“マカ”の中へと入れ、代わりに異なる二振りの小刀を取り出した。

 通常の刀よりも短く、反りの大きい刀であったが、目を引くのはむしろつかの部分だろう。

 巻きつけられた奇妙な柄糸がうっすらと光り輝いており、それらの一部はふよふよと、まるで生きているかのように浮いている。


「ご先祖様ご愛用の小太刀が二振り、クルマ。いつものと違ってちょっと新鮮ですね」


 馬上にて両足で立ちながら、カナが目を細めてつぶやいた。

 感慨深そうに、かつて見た記憶を照らし合わせるようにその刀を眺める。


「え、そっから出し入れしてるの!?」

「……これは、刀の魔術武器? ……カナさんが刀で戦うところを見られるんですね!」


 イブやミルカの驚く声を後ろにして、カナは敵を見据えて口を開いた。


「――では、参りましょうか」


 両手に刀をだらりと下げて、散歩にでも行くような気軽さで。

 カナは敵傭兵団の方へと歩き出した。





 撤退するオーリエール傭兵団の最後尾。

 ぽつんと離れた老婆、オーリエールは森からゆっくりと歩み寄る男を迎えていた。


「よぉ、オーリエールの婆さん」


 見るからに傭兵といった男だった。

 薄汚れ使いこまれた格好は体格の良さや無精ひげと相まって、暴力的な雰囲気を醸し出している

 よくみれば整った顔立ちだが、ただ者ではないことの証明のような傷跡が目につく。


「ちょいと前に会ったばかりだが、元気にしてたか?」

「元気なもんかい、オリヴィエ。いつくたばっても不思議はないお年頃さ。矢を射かけさせなかったのは年寄りを気づかってのことかい?」


 そう言って、オーリーエールはちらりと木々の上に目をやった。

 そこへ潜む射手を目で射貫くように。


「目ざといねぇ。……矢がもったいねえからだよ。俺は無駄が嫌いなんだ。物資も人員もタダじゃねえ。傭兵ってのも楽じゃないぜぇ、……なぁ婆さん?」


 オリヴィエと呼ばれたその傭兵が答える。


「バルダード傭兵団、……アンタたちもこっちに来てたんだね。ご自慢の船で海賊でもしてるのかと思ってたよ」


 オリヴィエ・バルダード。

 バルダード傭兵団の団長にして、大陸でも名高い傭兵のひとり。

 ロメディア半島を主軸にして大陸各地の紛争に参加してきた生え抜きの傭兵だ。

 内容を問わずあらゆる仕事をこなすことから“便利屋”とも呼ばれるが、もうひとつの異名は古い傭兵のあいだでこそ有名だろう。

 “街殺し”――復讐のためにひとつの街を蹂躙しつくした男の呼び名である。


「依頼が来てなきゃそれもアリだろうがな。……フルンベールでの戦いが終わったあと、婆さんはすぐにこっちに来たみたいだが、俺たちはあのあとも仕事をやっててな。敗者の側の傭兵団が盗賊団に早変わりしたからなんとかしてください~、っていつもの案件だ。同業のよしみできっちり“お掃除”してやったけどよ」


「それで今度はガルフリートの内戦に首突っ込んだのかい。十分稼いだろうに働き者だね」


「稼げるときに稼いでおかねえと、護衛という名のお貴族様や商人どものご機嫌取りや”汚いこと”やらされるからな。部下を食わせていくのも苦労するぜ。……婆さんとこはガキ使ってコストカットしてんだろ?」

「ガキ使うのも大変なんだよ、がさつなアンタじゃできないだろう。育成費用だってあるんだから楽でもないのさ」


「ちげえねぇ。俺ぁ、ガキは嫌いだからなぁ。ガキの相手なんざ願い下げだ」


 言いながら、オリヴィエが武器を構える。

 ファルカタと呼ばれる、ロメディア半島生まれの刀剣だ。

 軽く湾曲した刀身が特徴で、握りの部分には豪華な象嵌が用いられる高貴な立場用のものもあるのだが、こちらはシンプルで使いやすい形状となっている。


「それでアンタの言う婆さんの相手をしようってのかい? 老人虐待は良い趣味とは言えないよ」

「おいおい、いつもババアじゃないとか抜かしてるじゃねえかクソババア」


 冗談交じりの様子で両手をあげて首を振るオーリエール。

 それをオリヴィエは頭を振って苦笑する。


「それだけ長生きしたんだ。いつくたばっても、いいだろう? 同業のよしみだ、婆さんの最後を看取ってやるよ」


「とんだお節介だ、まだお迎えは来てないよ。……アタシらを逃がさないのなら、先端を抑えるべきだろう。アンタがこんなとこにいていいのかい? アタシなんぞにかまってる場合じゃないと思うがねぇ」


「いいんだよ、これで。鉄の目覚めを聴け。狩りの、――はじまりだ」


 不敵な笑みをたずさえ、オリヴィエが襲い掛かった。

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