1.1話
「……あの装備は近衛騎兵隊か。数は80。……ロロは僕の後ろにいてね」
「はい、カナ姉様」
ロロは頭を軽く下げてから、カナに言われた通りに後ろに下がる。
近衛騎兵隊とはガルフリート王国軍の中でも国内の治安維持を主な職務とする、法の執行部隊である。
王都をはじめとする王国直轄領を中心として活動しており、その職務範囲は民間犯罪のみならず反乱軍相手までもが前提となっている精鋭軍だ。
そんな選りすぐりの部隊が80人ほど。
たかがひとりを捕まえるにしては大げさすぎる数だが、それだけ王を怒らせたということなのだろう。
「そこの者、止まれ! 我々はガルフリート王国軍近衛騎兵隊である!」
その中の隊長らしき男が名乗りをあげ、カナたちに大きな声を浴びせる。
そして馬を降り、さらなる口上を述べた。
「貴様が聖女だな。国王陛下の命により王都へと連行する。――その後ろに隠れている小娘もな」
「……こういうことばかり無駄に早いです」
うんざりした声でロロがため息をこぼす。
カナがちらりと騎兵隊を一瞥すると、――どういうことだろう、中にひとり神父姿の男が混ざっているではないか。
視線が合ったその男は、じゃり、と踏みしめて前に出た。
「神に祈りなさい、頭を地にこすりつけながら。……さあ異端者よ、懺悔の時です」
そう言って神父姿の男が狂った顔で笑った。
異端者、この言葉が示すものは――。
『……異端審問官、かな』
『の、ようじゃな。教会とやらも動いたか』
カナの推測を、クローゲンが肯定する。
書物に曰く、異端と認定したものを狩りつくす、秩序のための殺戮集団。
人道にもとる手段すら肯定されるという、ゼナー教における暴力機関。
それが異端審問官、神の名をかたる執行人――。
「……この子は関係ないでしょう」
カナの声が低くなる。
しかし、それをあざ笑うように隊長らしき男が口を曲げた。
「関係あるんだなぁ、これが。そこの小娘、ロロサナート・レギナ・クラブは王が御所望だ。家畜として飼ってやるとさ」
その言葉にカナは違和感を覚えた。
ロロは社交界にほとんど参加せず、館にこもっていたのでその姿を知る者は少ない。
元々、王国の辺境ということもあって客人自体が多くはないし、セタが客人と会うときは街の外にある城の方を使うので、館にはクラブ一族の親族と友人であるアイリンぐらいしかこなかったはずだ。
そんなロロのことを王都の騎士たちが知っているのはおかしい。
事細かにその容姿を覚え、名前まで調べるほど、王の執着が強かったのだろうか。
王はただ女漁りをしていただけにしか思えなかったのだが……。
「良かったなぁ、国王陛下に食っていただけるぞ。出世おめでとう、子豚ちゃん」
下卑た笑みを浮かべ、近衛騎兵の隊長がカナに近づく。
ゆっくりと、余裕をもって歩み寄る。
それをうんざりしながら、ロロが馬鹿にした顔で言葉を漏らした。
「――はぁ、品性のかけらもありませんね。それが騎士の吐く言葉ですか。豚のしもべは、しょせん心の中まで豚なのですね」
「なっ……、貴様ァ! 豚のしもべの豚だと言ったか! 我々を侮辱するかァ!」
ロロのあざけりが近衛騎兵の隊長を刺激した。
豚という言葉がルイシャルル8世を意味すると理解しているからこその怒り。
そこへカナが申し訳なさげに手をあげる。
「あのう、今の言葉が王ではなく自身への侮辱と取ってしまうのなら、本心では王を醜い豚だと考えていることになるのですが……。王への誹謗中傷は許さん、というのならばまだわかりますけど」
「さすがカナ姉様、よくお気付きに。私、王が豚などと言ってないのですよね。あ、いま言いましたけど」
「……あ、いやっ、ちが」
カナに指摘され、先ほどの言葉が不敬罪に値する暴言だと気付き顔を青ざめる近衛騎兵の隊長。
そこへ食らいつくようにロロの追撃がはじまった。
「はぁ。侮辱に侮辱で返しただけでお怒りになるとは。実に立派な騎士道です。騎士の誉れとして後世に残すべきですね。心まで醜い豚に喜々として従う人間のクズを騎士と呼ぶのなら、ですが。欲望だけの命令に唯々諾々と従う前に、少しは良識を考えたらいかがでしょう。それが騎士としてやりたかったことですか? あなたがたはそんな下らないことのために生きてきたのですか?」
「……ッッ……ッッッ!」
凄まじい毒舌が炸裂する。
あまりにも容赦ない言葉に頭が沸騰したのか、言われた近衛騎兵の隊長はぷるぷると怒りに震えて言葉に詰まる。
「おや、少々難しすぎましたか。つまりは、……脳みそついてるんですか、寄生虫? という意味です」
「……ッッ! ……手足の一本や二本、ちぎってやってもかまわんのだぞ、メスブタぁ!」
絶叫にも近い怒鳴り声があたりに響き渡った。
しかし、それでもロロはくすくすと笑う。
それもそのはず、この場には、聖女と呼ばれた
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