8.4話

『つまりあれじゃな。宰相の治めるギール公爵領はガルフリート南西に位置し、エーセンやフルンベールと対峙してきた国防の要じゃ。これまではガルフリートの外だけで戦争をしていたところに、別の知らせが来たとしたらどうかのう』

『別の知らせ?』


『マイという娘が言っておったろう。先の戦争でキィラウア王国とやらが用いた戦術がどうのとな』

『言ってたね。……ああ、なるほど』


『キィラウアの戦術を参考にするということは、キィラウア王国が勝ったと考えてよかろう。……とすれば、宰相のもとにキィラウア王国が台頭して隣国が滅び去った、などという情報が直前で入ったのじゃろう。つまり国外において予想外の事態がガルフリートの内戦が決まったあとに起きてしまった。で、本来ならば自ら動く予定であった宰相も動けなくなった、とこんなところかの?』


 つらつらと、クロが述べる。

 その思わぬ詳細な語りっぷりに、カナも感心して拍手した。


『おおー、さすがの分析。整理してくれてありがと、クロ』

『くふふー。尊敬のまなざしを浴びて良い気分じゃ』


 気を良くしたクロがさらに言葉を続ける。


『キィラウア王国の隣国はエーセン公国とフルンベール王国。両国ともにガルフリート王国が警戒しておった仮想敵国じゃ。とはいえ、この両国は互いに争い合うのが常であった。こやつら相手ならば宰相も動きを想定できたのじゃろうが……』

『なるほどー。未知の相手は警戒しなきゃだもんね』


『しかし、キィラウア王国の方は弱小国家と聞いておったがのー。どういう経緯かは知らんがうまいこと勝ち残ったようじゃな。報告ではエーセンの“虐殺公”とやらが狙っておったはず。じゃから、潰されたのはエーセンの方かの?』


『エーセンが滅びたかどうかは不明だけど……。でも、エーセンが滅びてなくて、ただ敗北しただけなら、攻め込まれないことを確信した宰相は逆に動きやすくなっちゃう。……うん、その予想であってると思う』

『くふー。そうじゃろそうじゃろ』


『同じく南西に位置していた国が消えて新たな不確定要素の国が現れたのじゃから、うかつには動けんわな。そうそういくさの直後にまたいくさをしかける国もないとは思うが、宰相の立場からすればひとまず外交に備える必要もあろう』


 クロの推測は筋が通ったものであった。

 今まで隣接していなかった国と接することになったのならば、よほどのことがない限りは最初に行うのは話し合いであろう。


『でも、ずいぶん詳しいね。ここまでの情報だけじゃ無理でしょ? 誰から聞いたの?』

『このあたりの情勢については以前からセタの奴やジェロから方向を受けておるのよ。ほら、なんせ動けなくて暇じゃったし』

『そっか。暇つぶしは大事だものね』


 なんとも微妙な理由だが、カナは納得したようにうなずく。



 一方で、頭の中で会話しているなどとは知りようもないオーリエールは、やや長めに静まり返っていたカナを怪訝そうに見つめていた。


「ん? ぼーっとしてどうしたね? 話が長かったかねぇ? 要するに、アンタがここで活動してりゃ間接的にセタの坊主の支援になるってわけさね」


 そういう支援の仕方もあるのか、とカナは頷いたが、……ふと、その言葉が引っかかった。


「先程も頼まれたとおっしゃっておられましたが、セタ兄様とお知り合いだったのですか?」

「ああ。あいつがまだ小さなガキだった頃に、ちょいとだけアンタらの一族に関わったことがあるのさ。だから、アンタたちのことも特殊な種族だってのはわかってるよ。……なるべく、妙な食べ方はしない方がいい。人と平穏に暮らすための、ワタシからのアドバイスだ」


 どうやら最初から、魔族だということは知られていたらしい。

 カナはその親身なアドバイスを、ありがたく噛み締めた。

 “人”が皆、こうして受け入れてくれるわけではないのだということを、“人”から教わったのだから。


「――さてさて。つまるところ、もうすぐ楽しい楽しい稼ぎ時ってことだ。我ら傭兵のパーティータイムってわけさね。忙しくなるよ」


 ジャラジャラと、金貨を両手からこぼしながら、オーリエールが不敵に笑った。

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