9.1話

 それからそう遠くはない距離を行軍し、オーリエール傭兵団が向かったのは、東側にある街だった。

 

 グイエン侯爵領の中心都市、ボルディガレ。

 古くからワインの名産地として知られる場所だ。

 様々な国の交易商人たちがワインを買い付けにくる、繁栄した商業都市。

 伝承によれば、古代ミルディアス帝国の時代からワインの街として栄えていたという。


 ブドウ農園を通り過ぎてようやく街の目前に差し掛かったところで、横切る道に入り、そこで傭兵団は足を止めた。

 この少し前でも関所では戦になろうというときに傭兵団が通るということで、領主からの許可が降りるまでは待機させられていたが、今度は別の理由からだ。


 街の防壁の外で傭兵団の子供たちが集められ、整列している。


「じゃ、今日の野営地はこの辺だよ。街に行くのは自由だが、ちゃんと帰ってくるようにね。行くならワタシが飲むワインも買ってきておくれ。数はどれだけあったってかまいやしないよ」


 団長であるオーリエールが立ち並ぶ傭兵団の子供たちに大きめの声で通達した。

 最後に自分の要望を付け足すあたりが実にフランクだ。


 団長からの連絡が終わり、自由行動となったあと、カナは隣にいたマイに問いかけた。


「マイ、質問があります。なぜ街に入って休まないのですか? 野営よりもその方が快適なのではないでしょうか」


「ん? ああ、カナは新人だからわからないか。私たちは300人規模の傭兵団だからな。本当は補給部隊に予備の訓練兵や戦いの適性がない子なんかもいるから500人ぐらいなんだが、今は別の場所で準備してるんだ。それはともかく、街の治安が懸念されて断られることはよくあるし、そうでなくとも予算が問題でなー。宿代も馬鹿にならんのだと」


「なるほど、傭兵団は歓迎されないのですか」


 あまり世間の事情を知らないカナが素直に感心して頷いた。

 傭兵団は言うなれば暴力組織であるわけで、街の人々からすれば怖い存在だろう。

 それに数百人もの人数で宿泊するとかなり多めの金額になるのは容易に想像できる。


「予算は枠内で抑えておかなければなりませんからね。例えば、カナ姉様がお買いになられたプレゼントの手袋代の狂ったような金額なども、セタ兄様に質素な生活をさせて対処したりと、予定外に使った分はどこかを削らねばならないのです」


「……え、あのプレゼントのせいでそんなことに? うぅ……、申し訳ありませんセタ兄様」

「お値段は見てくださいね。ロロのお菓子代も危ないところでした」


 今、明かされる衝撃の事実であった。

 兄様の生活よりお菓子代が優先されてるのも衝撃ではあるけれど。


「いやどんな手袋。……まぁこっちの場合、あのババアがケチってるだけですけどねー。今回は領主の許可が下りてるわけですし、でも宿に泊またらお金かかっちゃうわけですしーですしー」


 話を戻し、イブが冗談気味に愚痴をこぼす。


 一般に傭兵団は統治者からは歓迎されないものだが、暴れさえしなければ街に金を落とす団体客でもある。

 戦時中には規制されることがほとんどだが、自ら雇い入れた傭兵団ならば別だ。

 今回は表向き、戦争ではないという体裁になっているが、実際にはすでに内戦状態に突入していると領主たちは考えているので街に入るにも許可が必要なのである。


「……屋根のあるところで寝たいですね。疲れますし」


 カナが引く馬に乗ったまま、つぶやいたのはロロだ。

 これからどこかに行くというわけではなく、テントで休む時以外はずっとこうして馬に乗ったままなのである。


「常時、馬に乗って楽してる奴が何言ってるんだ」

「うーん、妹のロロは歩くのが嫌いなのですよ。もうちょっと運動した方がいいと思うのですが」

「ふふーん、ロロはかよわい子ですので。カナ姉様のようには動けません」


 マイから呆れたような意見が出され、カナも同意するが、ロロは意に介さない。

 そんなロロに、仕方ないなぁ、とカナが苦笑して馬をなでる。

 とはいえ乗馬も楽ではなく全身運動なので疲労はあるのだが、どうにも徒歩の方が嫌いらしいので仕方がない。


「ロロちゃんは治療担当になるのでしたよね? そうした訓練は最低限で良いのではないでしょうか。私も錬金術担当として見逃してほしいところですけど」


 突然、おしとやかな口調になってイブがそんなことを言い出した。

 治療担当とは、そのまま傭兵団の治療隊のことだ。

 ロロの力は治療に適しているもので、オーリエールにそれを伝えて前線以外に置きたいと頼んだところ、治療隊に配属されたのであった。

 錬金術担当は……、そんなのあるのだろうか。


「カナ姉様、うざたんだと思っていましたがこの人、良い人ですよ」

「そんなに歩きたくないの?」


 ロロのイブへの評価が一気にあがった。

 運動が嫌いすぎである。

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