28.2話

 完膚なきまでにのされたマルキアスがその顔を忘れるはずもない。

 イブがちらりと視線を送り――。


「やだー、イブちゃん怖ぁい。あの人、絶対すごツヨざましょ」


 と、わざとらしく怖がりだしたではないか。

 そんなあからさまな演技をみて、ジョルジュ将軍はニヤリと笑って両手を上に広げた。


「何、聖女殿に手も足も出なかった未熟者よ。子供同然にあしらわれたから実質、子供といっても過言ではないな。つまり同年代なのではないかね?」


「え、やだ、何言ってんのこの人。理論めちゃくちゃすぎてマジ怖い。てか、人外すぎるカナちゃん相手じゃ何の参考にもならないし」


 イブの表情は本気でドン引きしたものへと変わった。

 ここまでふざけてきたイブであったが、真のトンデモ理論を前にしては真顔にならざるを得ない。


「なにやら失礼なことを言われてる気がします……」


 こっそりと、そんなぼやきが作業中のカナから漏らされたが、気にされることはなかった。


「なにしろコトがコトだからな。カライス伯爵側とも情報を共有するために将軍閣下は来ているのさ」


 話を戻すようにフレンツが口を開くと、ジョルジュ将軍もそれに応じて語りだす。


「うむ。教会の内部に邪教が潜んでいたとなると、ことは一領内に留まらん。単純な二勢力の争いでなくなった以上、此度の内戦はどう転ぶか予想もつかんのだよ」


 これまでは単純だった対立図だが、そこに別の勢力からの干渉があるとすれば状況は複雑化する。

 元より反乱軍とされる側も宰相の側も、その陣営内は決して一枚岩ではないのだ。

 そもそもが今回攻め込んできたカライス伯爵からして独自の利益を求めての行動である。


 当然ながらどの領主にもそれぞれの思惑というものがあるわけで、思わぬ動きをとる領主も出てくるだろう。

 そこにつけ込んで邪教徒などの別勢力が暗躍する可能性を考えれば、カライス伯やグイエン候にとっても宗教サイドの情報は手に入れておきたいものなのだ。


「ちなみに私は敗戦の責任をとって将軍を辞し、諸君ら傭兵団の方へ出向となった。少しばかりの志願兵も同行する。カライス伯なりの支援のつもりだろうな。要するに新入りの下っ端というわけだ、せいぜいこき使ってやってくれ」


「ほほう。ではあとでケーキ買ってきてくれ」

「アチシはぶどうジュースで! 樽で熟成させた大人テイストなやつネ!」


 マイとイブがさっそく手をあげて欲にまみれた希望を伝える。


「こいつらマジでパシらせてやがる。怖いモンなしだな。……あとそれジュースじゃないからね? ワインっていうお酒だからね? 子供はダメよ、オジサンによこしなさい?」


 そんな少女2人に対し、呆れた顔でフレンツが口を挟むが、こちらも欲望だだ洩れであった。


「子供も飲んじゃう地域があるって聞きましたし! てか結局おこぼれにあずかるんかーい」

「そのへん地域事情とか風習によって違うからなぁ。まぁ、ここの傭兵団ルールじゃ禁止になってるから、婆さんにかけあってくれ」

「それババアに取り上げられるのがオチですし。大体飲むんじゃなくて錬金術で……ゴニョゴニョ」


 最後の方はボソボソとした声になっていたあたり、ろくでもない実験でもはじめるのだろう。

 それを察したフレンツは頭を抱える。

 これまでにも怪しい煙やら爆発やらという数々の実績があり、同時に錬金術でなければ作れない治療薬を供給してきた功績もあるのだ。

 苦情もよくあがるのだが、ある程度は黙認するほかない。


 やがて、準備を終えたロロがすくっと立ち上がった。

 いつの間にか陰気でかび臭かった部屋が神殿のような清らかさへと変わっている。

 拷問部屋であったこの場には負の心のまま死んでいった亡霊が残留していたのだが、結界を構築する中でそれらが浄化されていったことによる変化であった。


「カナ姉様、準備は整いました。寝てもよろしいでしょうか」

「ありがとー、ロロ。ゆっくり寝てていいよー」


 カナが手を振って答えると、ロロは眠そうな目でこくりと返す。


「さーてさて。お待たせしました。それでは、少しばかり記憶を覗いてみましょうか」


 自然な微笑みとともに、カナがそう言った。

 まるで、ちょっとそこらへんに散歩に行こうとでも言わんばかりの口ぶりだ。


「ぱちぱちぱち。それではおやすみなさい」


 それにもっとも早く答えたロロは、声だけで形ばかりの拍手をおくり、こてんと横に転がる。

 いつのまにかやわらかい毛布を下にしている準備の良さだ。

 そんな、ほんわかした雰囲気に包まれながら、誰もがはじめてみる儀式が始った。

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