26.1話

「――それではお話ししましょう。聖女とはアリエーナ伯爵領における僕の役職です」


「称号ではなく、役職? 聖職者の中の役職、ということか?」


「ティアラ教には一応聖女という存在もいらっしゃるようですが、僕の場合ははっきりいってただの自称です。僕の兄であるアリエーナ伯セタに命じられて名乗っていただけですね」


「ほう、カナは伯爵家の家柄だったか。アリエーナってこの前通ったとこだなー」

「育ちよさそうだもんにゃー、カナちゃんロロちゃん」

「あれ? マイやイブもご存じなかったのです?」


「ご存じなかったなー、言われてないし。こっちからも聞いてないから当然っちゃー当然だが」


 マイがそう言って、イブと目線をあわせて頷き合う。

 カナは思い返してみて、最初から知っていたオーリエールを除けば、マルキアスにしか話してないことに気付いた。

 そして同調するようにマイたちの頷きに混ざる。


「……あのよ、質問があるんだが。……そんな勝手に聖女とか名乗っていいのか?」


 もっともな疑問がライラックからあがった。


「知りません。そもそも僕は厳密にはティアラ教徒ではないですし」

「ほおお。……え、そうなの?」


「アリエーナ伯爵領って形式上はティアラ教を信仰していることになっていますが、実際にはもっと別の、地方独特のマイナー信仰でして。昔、ゼナー教が布教を広めようとうるさかった時期にティアラ教に改宗したってことになったらしいんですよ。ティアラ教って寛容さが売りなので、そこの傘に入って弾圧を回避しようとご先祖様が考えたようです」


「……そういうもんなの? エルフの俺には宗教のことはよくわからねえけど、……なんか、いい加減なんだな」


 難しい表情をするライラックに、カナが首を傾げながら答える。


「大陸で主流となってるゼナー教の方はそのあたり厳しいみたいですね。逆にティアラ教はそういう風に各地の土着信仰を取り入れて発展してきたらしいです。このあいだ読んだ本にそう書いてありました」

「ほう、歴史に隠された宗教の裏話というやつか。……表面上は綺麗ごとだけ教えていくというのはどこでも一緒だな」


 興味深そうに言葉をこぼしたのはセミナリアだ。

 間を開けて、それまで黙っていたギリアンが口を開く。


「つまり、聖女とやらを勝手に作ってもティアラ教側も注意できないってことだろ。カナはそういう経緯で聖女となったってわけか?」


「ギリアンさん、その通りです。ちなみに僕は千年ぶりに生まれた二代目の聖女らしいですね」


「だが名乗るだけでは世間で認められるはずもない。実際に超常の力があるからこそ、聖女と呼ばれるようになったのではないか?」


 セミナリアの指摘はもっともなものだ。

 だから、さほど間をおかずにカナも頷いてその力の存在を明かした。


「確かに力は使えます。でも僕の場合は神に祈りをささげるような信仰の力ではなく。――血の力、鬼の力でありまして」


 鬼の力、――魔族の一種、鬼であるということを。


「おまっ、……それ言っちゃうのか」


 頭を抱えて呆れた声を出したのはマルキアスだ。

 そういえば、とカナが鬼だと知っているのも、この中ではロロを除けばマルキアスだけであると思い出す。

 部隊長でもないのにこの場に参加した理由はそのあたりの事情のようだ。


 それまで比較的穏やかだった場の空気が一変する。

 魔族というものは、それだけ警戒に値する存在なのだ。


「鬼……っておい、お前まさか、魔族なのか!?」

「はい、そうですよー」


 ライラックが驚いて大声を出す。

 他の者たちも声には出さないが驚いており、変化を見せないのはセミナリアぐらいだ。

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