第1章

第6話 ハイテンションガール

 いくつかのテントが並ぶ川沿いの野営地で、幾人かの見知らぬ者たちがそれぞれに動いていた。


 テントを組み立てている最中の者。

 薪をくべて、各所に明かりをつけていく者。

 水を汲み、食材を運んで、調理をはじめる者。

 干し肉を片手に見張りに向かった者。


 どれも夜を過ごすための準備であり、旅をする傭兵団の日々としてはごく日常的な光景と言えるだろう。

 その傭兵団のほとんどが子供という、別の意味で変わった光景ではあったが。


 テントから出てきたカナが、見知った老婆やロロの姿を見つけ近づくと、ロロがお辞儀と共に静かに口を開いた。


「……カナ姉様、お目ざめになられましたか」

「ちょっと寝ちゃったね。おはよ」


 ロロにあいさつをして、ちらりと横を向く。

 その視界の遠くで外へと駆けていく騎乗の男性をみつけた。

 たしか、フレンツと名乗った壮年の傭兵だ。


『……早馬? あっちはリルデの方角』

『はて、セタの奴に用でもあるのかのう』

『……ふむ、そうかもね』


 クロの何気ない言葉を少し考えてから、老婆の方に向き合った。


「おや。ゆっくり休めたかい? それでは、改めて。――ようこそ、オーリエール傭兵団へ。子供たちばかりだけど、仲良くしてやっておくれ」


 老婆――オーリエールが口元を歪め力強い笑みをみせる。

 傭兵ながらどこか上品な物腰であるのは、老婆の出自の影響なのかもしれない。


「孤児を育てている傭兵団、でしたっけ」

「そうさ。子供ばかりだけど、そこらのボンクラ傭兵より優秀だよ。アタシが鍛えているからね」


「教育は大切だって兄様も言っていました。将来は期待できそうですね」

「ハハ、子供が何言ってるんだい。……食事まではまだ少しかかる。せっかくだから、その間に、あちこち見て回るといいさね。顔見せも兼ねてね」


 要するに空いた時間であいさつをしたらどうか、ということなのだろう。

 カナたちは客人とはいえ、顔を知られておく方が面倒は少ないだろうから、合理的な指示である。

 どうせ暇だし。


「それじゃ、ロロ。ちょっと見てみようか」

「……だるいです。ロロはのんびりくつろぎたいです」

「ほら、一緒に行こうよ。ロロはあまり外の世界をみてなかったでしょ?」


 くいくい、とカナが椅子に座ったままのロロの袖を引くと、ロロが嫌そうな表情をしながらも立ち上がった。


「……仕方ないですね。世間知らずの姉様がやらかさないよう付き合ってあげます」


 どちらかというと引き籠っていたロロの方が世間を知らないのでは……。

 カナはそんな言葉が出かかったが、機嫌を損ねることは明白なので黙っておいた。


 きょろきょろと見渡し、気の向くままに歩みを進める。

 いまさらながらにテントの数の多さが目についた。

 傭兵団というだけあって結構な人数がいるのだろう。


 カナたちより小さな子もいれば、より年を重ねてそうな者も見かけられる。

 忙しそうに行き来する子供たちは、カナたちの姿をみて不審そうな目を向けているが、警告などの干渉をしてこないあたり、オーリ―エールからの指示が行き渡っているようだ。


「みんな、活き活きしてるね」

「……少なくともロロよりはしていますね」


「ロロも活き活きとしてみる? うわーい、ひゃっほー、とか」

「そのような発言をするとでも? うわい、ひゃほー。……ご満足いただけましたか、姉様」

「棒読みすぎだよ……。まあ、そんな無邪気な子供は、ここにはいなそうだけど」


 と、カナが口にしてから、すぐ後のことだった。


 正面のテントの中から、ひとりの少女が髪を優雅に払いながら現れた。


 カナよりも少し上だろうか。

 背は子供だらけの傭兵団にしては大きめで、少女とギリギリ呼べるぐらいだろうか。

 落ち着いた青黒い長い髪がその少女に清楚な印象を与えており、清潔感のある知的な服装も含めて、傭兵団には似つかわしくない存在感を放っている。


 カナたちと目が合ったその少女は、静かにほほ笑んでこう言った。


「うわーい! ひゃっほー!」


「……いらっしゃいましたね、姉様」

「……まさかのいらっしゃいましただね、ロロ。無邪気な子供って感じはまったくしない人だけど」

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