6. 翔子と白銀の館

 パキっという軽い音がして封蝋が割れた。

 封筒を開くと三つ折りにした紙が一枚、かな?


「うわ、日本語で書かれてる。謎言語だったらチョコに読んでもらうつもりだったんだけど」


「残念でしたー。じゃ、読んで」


「はいはい」


 えーっと……


「えっ!」


「どうしたの?」


「そのままチョコとして使って欲しいって……」


 私は手紙を読み上げる。


『雑賀翔子様


 お問い合わせいただき、ありがとうございます。白銀の館カスタマーサポートです。

 このたびは、弊社製品である『デラックス魔導人形・白銀の乙女』および関連施設一式が、雑賀様の所有敷地内地下に転移してしまったことをお詫びいたします。


 雑賀様が初期設定を行った製品個体に関しては、そのままご利用いただければと思います。

 本製品はその特性ゆえに使用可能な方がおりませんでした。雑賀様が初のユーザーとなりますので、製品の不具合や改善点などをお伝えいただければと思います。


 また、現在の状況について、詳しくお話しできる機会を設けたく思っております。

 名刺を同封いたしましたので、ご連絡いただければと思います。


 お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします』


「だって……」


「タダであげるからデバッグしろってこと?」


「まあ、そうかな」


 それにしても『転移してしまった』ってどういうことなんだろ。

 いや、どこかにあったのが、急にうちの地下に来ちゃったってことなんだろうけど、一体何をどうすればそんなことに?

 私が書いた手紙が転送されて行って、返事の手紙が転送されて来たわけだから、それと同じことが大きいサイズで起こったってこと?

 ん、そんなのが地下に転送されると……


「陥没ってうちみたいな地下が転移したせいで?」


 チョコも同じ結論に達したみたい。

 でっかいビルの基礎部分に空洞が転移してきたら、そりゃ陥没するよね。


「うちの地下もそうだけど、どこからそんな空洞が転移してきたんだろ?」


 チョコはその問いに首を振る。そりゃそうだよね。

 これはまた手紙を出して聞いた方がいいのかも。


「それより『特性ゆえに使用可能な方がおりませんでした』の方が気になるんだけど」


「私が使えて、チョコになったのってその『特性』が合致してたからってことなのかな?」


「だと思うけど、何が合致したのか私にもさっぱり……」


 魔導人形自身であるチョコもわからないらしい。

 これも追加質問リストに加えておくことにする。


「まあ、会って聞くのが一番早いよね」


「私も行った方がいいのかな?」


「どうだろ? 向こうが来てくれるといいんだけど」


「で、相手って?」


 そういやそうだった。

 封筒を逆さにすると名刺がぽろっと落ちてきたので、それをチョコにも見えるように机の真ん中に。


「えーっと『六条グループ 白銀の館 館長 六条絵理香』……六条グループ!?」


「大手ゼネコンだよね……」


「大丈夫かな?」


「変なベンチャーとか、怪しげなNGOやNPOよりずっとマシじゃない?」


 確かにチョコの言う通りかも。


「それにしても『白銀の館』ってなんの会社なんだろう」


「マリオネットカンパニー?」


「めっちゃ懐かしい」


 まあ、後でネットで調べておくかな。


「じゃ、連絡するってことで、メアドが書いてあるからメールかな? 電話番号も書いてあるけど、いきなり電話はハードル高いよね」


「相手が相手だしね。メールで連絡して、まずはこの状況が通じてるのかどうか聞いた方がいいと思う」


 いきなり電話して「魔導人形が〜」とか言っても、わけわからないクレーマーに間違えられそうだし。


「ちょうどおやつの時間だし、いったん休憩にしよっか」


「賛成〜」


 おやつにしつつ、メール送ったり、白銀の館を調べたりかな。

 そうそう『白銀の乙女たち』の話もしたいね。


***


 おやつはどら焼きを半分こして食べた。

 半分ずつ食べてから同期すれば、一個食べた気になったりしないかなって思ったけどダメでした。

 そりゃそうだよね……


「最初は真面目な感じの話なのに『慈愛』のヨーコさんってのが入ってから、コメディーっぽくなってるよね」


「だよね。なんだか話がすっかり変わっちゃうんだけど、それはそれでっていう感じ?」


「アニメだと一期と二期が違いすぎて炎上しそう」


 お茶をすすりながらそんな感想トークを交わしていると、ノーパソから軽妙な音楽が流れ、メールソフトを見ると着信が。早くない?


「もう返事来たの?」


「うん、三〇分も経ってないのにね」


 おやつを食べる前に送ったメールが、食べてまったりしてる間に返事が返ってくるとは思わなかったよ。早くて夕方ぐらいかなと思ってたのに。


「どんな返事?」


「えーっとね……」


『雑賀翔子様


 お世話になっております。白銀の館、館長秘書の佐藤美琴と申します。

 ご連絡いただいた件に関しては私が担当となりましたので、よろしくお願いいたします。


 さて、まずは雑賀様と秘密保持契約を結ばせていただきたく思います。

 添付いたしましたドラフトをご確認いただけますでしょうか?


 また、よろしければ、直接お会いしてお話しさせていただくことは可能でしょうか?

 ご都合の良い日を提示いただければと思います。


 お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします』


 うーん、実にお仕事なメール。

 でもまあ、担当が女の人なのはちょっと安心。


「会う?」


「そうだね。会った方が話が早い気がするし」


「大丈夫かな?」


「大丈夫だよ」


 チョコが心配するのももっともだとは思うけど、ここでいつどこで会うって話をちゃんとしておけば、向こうだって変な気を起こしたりはしないと思う。

 行くときには町子さんにも伝えておかないとね……


「ん。でも、どこで会うつもり? 泊まり込みとかは不安なんだけど……」


「そうだね。こっちが出向くとしても、向こうもせめて市内ぐらいまで来て欲しいかな。町子さんも不安にさせちゃうし」


「うんうん。とりあえずこっちで場所を指定したら?」


「そうだね。えーっと……」


 市内に落ち着いて話ができる場所とかあったっけ? コーヒースタンドとかはちょっと違うし……


「駅ビルにホテルあったけど、ああいうところにあるラウンジだっけ? 前に奢ってもらったことあったよね。どうかな?」


「それだ!」


 ノーパソで駅ビルを見てみると、付属のホテルにラウンジがあるっぽい。

 ここなら周りに話が漏れるようなことも……多分ないよね? まあ、最初からそんな深いところまで話はしないと思うし。


「じゃ、明日以降の午後ならいつでもオッケー。場所は駅ビルのラウンジってことで」


 チョコが頷いてくれるのを確認して、私は返事のメールを送信した。

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